東京湾に広がる神社仏閣から学ぶ 知られざる「海の恵み」と「交易ルート」

東京湾に広がる神社仏閣は、さまざまな由来を持っています。その魅力について、フリーライターの猫柳蓮さんが解説します。


東京に分布する日本武尊を祭る神社

 東京人にとって最も親しみのある海、それは東京湾です。古くから漁場や交易ルートとして栄えてきた東京湾の湾岸には、多くの信仰も生まれました。

太平洋に開けた東京湾(画像:(C)Google)




 なかでも神奈川県横須賀市の走水神社は古い由来を持っており、『古事記』『日本書紀』に記される日本武尊(やまとたけるのみこと)の東征の話に関係しています。

 これらの書物では、日本武尊の妻・弟橘媛(おとたちばなひめ)が海の神の怒りを静めるために入水(じゅすい)した海を「走水」と記しています。そのため、走水神社が日本武尊と最も関係が濃いといえます。

 しかし、日本武尊を祭る神社は東京や千葉にも数多く分布しています。

 東海道はかつて、相模(現在の神奈川県の大部分)と上総(現在の千葉県中部)を海で渡るルートがメインだったとされているため、日本武尊を祭る神社もこのルートから分岐する交易ルートに沿って広がっていったと考えられます。

 日本武尊を祭る神社とともに、東京湾岸に広く分布するのが源頼朝を祭る白旗神社です。

 石橋山の戦いで平家方に敗れた源頼朝は1180(治承4)年8月、再起を図って真名鶴崎から安房(現在の千葉県南部)へと渡ります。ここで新たに集まった武士とともに鎌倉入りを果たすわけですが、その途上で頼朝は多くの神社仏閣に武運長久(ぶうんちょうきゅう。戦いでの幸運が長く続くこと)を祈願しました。これに由来するのが白旗神社です。

 白旗神社の多くは、頼朝が鎌倉入りする途上に通過した伝承を持ちますが、神社は千葉県や神奈川県の各地に点在しており、そのすべてに立ち寄ったのかは疑問です。おそらくは鎌倉幕府を開いた頼朝にあやかって祭神として招いた後、伝承は生まれたのでしょう。

 さてこの白旗神社ですが、都内ではなぜか見かけません。当時の東京は現在よりも内陸まで海が広がっていたため、スルーされてしまったのでしょうか。それにしては中央区日本橋に、頼朝の先祖にあたる源義家が奥州下向の際に立ち寄ったという伝承のある白幡稲荷神社がありますし、謎は深まります。

港区芝にある御穂鹿嶋神社


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