東京のゲーセンは大混雑! 90年代『バーチャファイター』ブームが教えてくれた「本気のゲーム道」とは

アーケードゲームとして1993年にリリースされ、大人気となった『バーチャファイター』。このゲームがこの後のゲームに与えた影響とは。フリーライターの猫柳蓮さんが解説します。


多くの若者たちが熱狂したゲーム

 かつてのゲームセンターは、すご腕のゲーマー同士が対戦するだけでなく、それを観戦する人たちも集まり、さまざまな交流が生まれていました。とりわけ、多くの若者たちを熱狂させたのが『バーチャファイター』でした。

『バーチャファイター』は1993(平成5)年、セガ・AM2研(第2ソフトウェア研究開発部)の代表・鈴木裕さんの下で開発され、アーケードゲームとしてリリースされました。

1994年発売『バーチャファイター』(画像:セガ)



 世界初の3D格闘ゲームとしてリリース当初から話題になった『バーチャファイター』は翌1994年、家庭用ゲーム機・セガサターンのソフトに移植され、セガサターン本体とともに大人気になりました。

 当時、格闘ゲームはコアなゲームファンだけでなく、一般ユーザーまでが熱くなるジャンルでした。格闘ゲームが熱くなったのは、1992年にカプコンから『ストリートファイターII』がスーパーファミコンで発売されてからです。

『ストリートファイターII』を契機として、

・プレーヤー同士での対戦の面白さ
・複雑なコマンド習得の達成感
・見事な技を披露する爽快感

などを、一般ユーザーは知ることになったのです。

「格ゲーの本質」を追究したゲーム

 こうした感覚は、それまで映画や漫画などを通して知った「修業して強くなる」ことを自ら実感できる面白さでもありました。

 以降、多くのタイトルが生まれましたが、『バーチャファイター』の衝撃に叶うものはありませんでした。その人気は単に3Dという新技術を使っただけでなく、前述した「格闘ゲームの面白さの本質」を追究していたからです。

『朝日新聞』1994年7月18日付朝刊でインタビューに答えた鈴木さんは、次のように話しています。

「ゲームの楽しさは単純です。相手との勝ち負けと自分の能力のアップ。すぐれた作品はこの二つの要素をうまく満たしている。苦心するのはいかに見せるかなんです」

 こうして自宅で、あるいはゲーセンで研さんを積むゲーマーたちは、やがて次の境地にたどりつきます。それは、

「もっと強いヤツと戦いたい」

という心境です。

ゲームをする人のイメージ(画像:写真AC)



 ゲームに貴重な時間とお金を注いで高みを目指す若者たちは、日本人が好む「求道」の精神性が見られたのか、早い時期からマスコミも注目するようになります。

 鈴木のインタビューを掲載した『朝日新聞』は1995年3月27日付夕刊で

「ゲーマーと呼ばれる、新しい職種が根付き始めている」

と記しています。

 2021年現在、プロゲーマーは珍しくありませんが、1995年時点でゲーマーを「職種」と記しているのは先見の明(めい)があります。

 この記事では「ブンブン丸」の異名を持つ篠原元貴さんへの取材に多くの行数が割かれています。「新宿ジャッキー」こと羽田隆之さんと並ぶ、当時の『バーチャファイター』ファンなら知らない人はいないつわものです。

対戦台に人だかりができていた時代

 そのプレイの様子は次のようにつづられています。

「五十インチほどの画面にキャラクター二人が戦う様子が映っている。手前で、レバーやボタンを操作している人の目は真剣。両手がせわしなく動く。一方が負けると、新たな挑戦者が席に着く。この日は、周りに二十人ほどの人だかりができていた。空きそうにないので、コンピューター相手に戦ってもらった。全く相手にならない。「人とやる方が駆け引きがあって面白い」」

 特にイベントでもないのに対戦台に人だかりができていたことは、知らない世代には驚き、知っている人には懐かしさを感じさせます。

 記事からは、読者に格闘ゲームを伝えようとする記者の努力が見え隠れします。

「格闘技には決め技がある。篠原さんの得意技は相手の両足を持ってぶんぶん振り回すジャイアントスイング。いつしかついた名前がブンブン丸というわけだ。二月の全国大会では三位に入賞した」

 こうした記事が呼び水になり、われこそはという腕に覚えのあるゲーマーたちが週末の夜にゲームセンターへ集い、技を競い、勝負を介して友情を深めていくようになりました。

新宿区西新宿にある「クラブセガ 新宿西口」(画像:(C)Google)



 東京でも腕に覚えのある人の集まるゲームセンターがいくつかありましたが、なかでも2021年1月に閉店した「ゲームスポット21 新宿西口」と「新宿スポーツランド西口店(現・クラブセガ 新宿西口)」(新宿区西新宿)は、その対戦をひと目見ようとする人であふれ返りました。

『バーチャファイター』によって一気に高まった格闘ゲームブームによって『鉄拳』『ザ・キング・オブ・ファイターズ』など、さまざまな対戦格闘ゲームが隆盛を極めます。

 この頃、ゲームに対する社会の向けるまなざしが変化していました。それまで、ゲームはあくまで遊びであり、子どもが楽しむおもちゃであるという見方は根強く存在していました。

認知は「ゲームがうまいのはかっこいい」へ

 1979(昭和54)年から『コロコロコミック』で連載されたすがやみつるの『ゲームセンターあらし』では、主人公のあらしがゲームがどんなにうまくても、誰かに褒められるわけでもなく、お金ももうかるわけではないと心が折れそうになる回があります。

『ゲームセンターあらし』(画像:小学館)



 当然、ゲームを止めたら連載が終わってしまうので、そうはなりませんでしたが、おおむね世間の感覚はそういうものでした。

 しかし、高度な技術を用いた没入感の高いゲームの登場と、そこに心血を注ぐ若者たちによって始めて

「ゲームがうまいのはかっこいい」

という見方が世間に認知されるようになったのです。

 そして、現代。eスポーツは2024年のパリ五輪の正式種目にはなっていないものの、スポンサー料や賞金で報酬を得るプロゲーマーも登場しています。

 こんな時代の変化を見ると、いかなる努力もすべて美しく、報われるものだと感じます。


【画像】10月開催『バーチャファイター』大会のファイナリスト

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