AKB48前田敦子さんが卒業した「9年前の秋葉原」 思い出深い写真に感激するファン続出「1日でいいから戻りたい」

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AKB48前田敦子さんが卒業した「9年前の秋葉原」 思い出深い写真に感激するファン続出「1日でいいから戻りたい」

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あっと驚く衝撃の場面、感心させられる発見や豆知識、思わず涙を誘う感動の出来事……。SNS上では毎日、新鮮な話題がいくつも発信されています。そのなかから「東京」に関連するものを厳選してご紹介します。

移り変わりゆく街 東京・秋葉原

 時代とともに表情を変えていく東京の街々。とりわけその変化が目まぐるしいエリアのひとつに「秋葉原」が挙げられるかもしれません。

 この街の姿を淡々とカメラに収め、記録し続けるウェブサイト「フォト秋葉原」。ツイッター(@PhotoAkiba)にも日々、過去と現在の秋葉原の写真をアップし、3.2万フォロワーを擁する人気アカウントとなっています。

 そんなフォト秋葉原さんが2021年8月27日(金)に投稿したのは、ちょうど9年前の写真。

「そういえば前田敦子さんがAKB48を卒業したのが2012年8月27日なので今日で9年でした」

「秋葉原では膨大な数の写真で広告スペースが占拠され多くの人も集まりました」

「AKB48カフェも無くなり、大勢の人が集まる事も難しくなりました。時代はどんどん変わっていきます……」

というつぶやきとともに、計4枚の画像をアップしました。

大勢のファンが街を埋め尽くした

 駅周辺に張られたポスターや街頭フラッグ、ビルの巨大垂れ幕、それら全てをAKB48と前田さんがジャックし、有終の美を見届けようと集まったファンが、駅前の広場やAKB48劇場の前の通りを埋め尽くした――。

2012年8月、街じゅうに掲げられたAKB48前田敦子さんの広告と、集まった大勢のファンたち(画像:フォト秋葉原さんのツイート)



 今振り返れば“伝説的”とも言える9年前の写真に、ツイッターのファンたちは色めき立ちました。

「懐かしいなぁ テレビ中継を親の友達の家で見せてもらった」
「もうそんなに経つのか……」
「あの頃のAKBは、一種の社会現象でしたよね」
「1日だけでもいいから、もう1回あの日あの頃に戻ってみたいな」

と、当時を懐かしむ声や、時間の経過の早さに驚くリプライ(返信)が次々と寄せられています。

一番印象深い秋葉原は「1990年代」

 AKB48に限らず、秋葉原の街を見つめ続け、撮影し続けているサイト「フォト秋葉原」の管理人さん。1993(平成5)年4月に初めてこの街を訪れて以来、「1年のうち多くの休日を秋葉原の近辺で過ごして」いるといいます。

 前田さんがAKB48を卒業した2012年当時と、2021年現在とを比べて感じることは、

「街で多く見かけたAKB48(や他のアイドルグループ)のファンを見かけることが、すごく減りました。 駅前の公式ショップ以外でも、関連商品を見かけることが減りました。今は、またVTuberなどの(画面の中の)キャラクターの人気を強く感じています。時代が繰り返している感覚です」

 秋葉原全体について、この9年間で最も変わったと感じることは、

「昭和時代の建物がさらに減って、現代的デザインが増えたこと。ゲームやアニメ関連の屋外広告スペースが増えたことです。

「街を歩いている人たちも、一時は爆買いの影響でアジア圏の方が多かった時期があったり、新型コロナウイルスの影響から(訪日外国人が減り)日本人中心に変化したりと、秋葉原の『人』も常に変化してる印象です」

 長らく通い続けてきた管理人さんにとって、最も印象深い時代の秋葉原は、いつなのでしょうか?

「1990年代です。まだWindows95が発売される前。パソコンもグラフィック・ユーザー・インターフェイスが一般的でなかった頃(Macintoshを除く)です」

「秋葉原の花形商品が、昭和やバブル期の影響を残していた時代が、私にとっての秋葉原電気街で、最も原点かつ印象強い時代でした」

 電気街としての秋葉原も、アイドルに沸いたアキバも、いつしか懐かしいものへと変化していく。一世を風靡(ふうび)したひとりのアイドルから、時代の移り変わりをあらためて感じさせられます。

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