東京裁判の裏側で――A級戦犯7人、判決の前年したためた「書」から見えるものとは

毎年8月が近づくと、先の大戦や平和について思いをめぐらせる機会が普段よりも多くなります。極東国際軍事裁判、いわゆる東京裁判で判決が下された東條英機ら7人。彼らがその前年にしたためた「書」について、ノンフィクション作家の合田一道さんがひも解きます。


終戦の季節にあらためて考える

 2021年夏。今年もまた終戦記念日がやってきます。あらためて先の大戦に思いを致す季節です。

 筆者(合田一道。ノンフィクション作家)の手元に「遮莫」と題した冊子があります。

 極東国際軍事裁判(東京裁判)でA級戦争犯罪人として処刑された東條英機をはじめ7人、終身禁固刑16人、有期禁固刑2人、それに獄死1人の合計26人の書です。

 法廷に出入りする人物が、裁判の進行中に依頼して書いてもらったものを、後年、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地(新宿区市谷本村町)の市ヶ谷記念館の職員が、少部数印刷したものです。

 書いた時期は1947(昭和22)年秋。翌年11月に判決が2日に出て、死刑が執行されたのは12月23日でした。

 裁判の最中、被告人とされた26人はどのような思いでこれを書いたのでしょうか。

誠はすべてを排す―― 東條英機

 死刑判決を受けて処刑された7人の書を紹介します。最初に、太平洋戦争開戦時に総理大臣を務めた東條英機はこう書いています。

 一誠排萬艱(いっせいばんかんをはいす)
  昭和丁亥晩秋 英機

 誠はすべてを排すという意味で、昭和丁亥は昭和22年を指します。以下、この文字がよく使われています。

感無量―― 板垣征四郎


【画像ギャラリー】東條英機らA級戦犯7人の「書」(計7枚)

画像ギャラリー

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