音楽マニアが殺到 渋谷が「世界一のレコード街」になったワケ

「世界一のレコードの街」として、かつて多くの人が集まった東京・渋谷。その背景について、音楽ライターで、ブラック・ミュージック専門誌「bmr」元編集長の小渕晃さんが解説します。


地理的要因で開発が遅れた渋谷

 2017年に行われた調査で、東京は「世界一レコード店が多い都市」に認定されました(2位ベルリン、3位ロンドン)。なかでも最盛期の渋谷は200を超える店舗が林立、ギネス世界記録にも認定された「世界一のレコードの街」です。

渋谷・宇田川町の老舗レコード店「マンハッタンレコード」(画像:(C)Google)



 私(小渕晃、音楽ライター)もレコード店員として、客として、1990~2000年代には渋谷にほぼ毎日のように通い詰めました。

 新宿でも池袋でもなく、渋谷が世界一のレコード街になった理由はいくつかあります。

 第一に、渋谷は「文化の発信地」になるべくプロデュースされたものだったこと。それゆえ、書店や映画館などとともに、文化・芸術の発信基地となるレコード店が不可欠でした。

 渋谷は名前の通り、駅周辺を谷底とした沼地です。加えて先のオリンピックに合わせ、1964(昭和39)年に返還されるまで、代々木公園(渋谷区代々木神園町)やNHK放送センター(同区区神南)一帯はアメリカ軍の居留地だったこともあり、開発が遅れました。

 しかしそれが、「渋谷を文化の街に」と意気込む青年たちには好都合だったのです。そのひとりが、長くセゾングループのトップを務め、作家・辻井喬としての顔も持つ文化人・堤清二でした。

 すでに演劇、ジャズの街として色を放ち、後にはロックの街として人気を博す新宿や、駅前の再開発が困難だった池袋ではなく、堤が狙いを定めたのは1960年代にはまだ原っぱの残る渋谷でした。

セレクトショップ型レコード店が人気に

 渋谷の開発にひと足早く着手していた東急グループが、主に駅前から道玄坂周辺に注力していたのに対し、堤は今で言う公園通りに進出。

 1968年、その入り口に西武百貨店(渋谷区宇田川町)を開いて軌道に乗せると、1973年にはパルコをオープン。モノを売るだけではなく、ライフスタイルを提案するやり方で一世を風靡(ふうび)させ、渋谷を「新たな時代の文化発信地」とすることに成功します。

渋谷区宇田川町にある西武渋谷店(画像:(C)Google)



 特にセゾングループが手がけたレコード店チェーン・WAVEの渋谷店は、音楽通であるバイヤーの個性を生かした品ぞろえが評判を呼び、セレクトショップ型・情報発信型レコード店の代表格となり、多くの音楽ファンを渋谷に集めることに貢献しました。

「黒船」タワーレコードの襲来

 これより前、1960~1970年代に重要だったレコード店は、ヤマハ渋谷店でした。

 ジャズ喫茶、次いでロック喫茶が点在した百軒店(ひゃっけんだな)に近い道玄坂の中腹に位置したこの店では、新作輸入盤を最も早く入手できたといいます。また楽器店でもあり、売り場の一角でライブも行われたため、ミュージシャンが集う場となり、山下達郎と大貫妙子が組んでいたシュガー・ベイブのアルバム・リリース・イベントも開催されています。

シュガー・ベイブ『ソングス』(画像:ワーナーミュージック・ジャパン)

 ただ、渋谷が「レコードの街」となる最大のきっかけは、1981(昭和56)年、タワーレコード渋谷店のオープンです。

 ビルのワンフロア全てを用いた売り場に、輸入盤を山積みにして売るという、本国アメリカの店舗そのままの店がまえ。そして、日本盤よりも3~4割安い価格設定で市場を席巻したタワーレコードは「黒船」に例えられ、輸入盤ブームを巻き起こします。

 私がこの店でアルバイトをしていた1989年頃は、会社帰りのサラリーマンが競うように来店し、CDを何枚も抱えてレジに並んでいました。「レコードのスーパーマーケット」――当時のタワーレコードを言い表すには、この言葉がぴったりでした。

中・小型店の品ぞろえがマニアを魅了

 タワーレコードは広大な売り場を確保すべく、新宿に比べれば当時はテナント料が格安だった渋谷の、それも宇田川町の奥、街の外れに本格的な1号店を出店しました(この渋谷店は1995年に現在の場所に移転)。

 すると、その周辺には中・小型のレコード店が集まるようになり、さらに宇田川町に音楽ファンが押し寄せると、また新たなレコード店がオープンするという相乗効果を生み出します。そうして、世界一のレコード街が形成されていったのです。

 宇田川町が、1990年代以降はクラブの密集地となる円山町に近いことも大きなポイントとなりました。ハウスやヒップホップといったクラブ・ミュージックの時代を迎えると、シスコやマンハッタンレコーズを始めとした専門レコード店にはリスナーのみならず、DJたちも競うように集い、クラブ・カルチャーの拠点となって若者文化をリードするようになります。

1990年代以降、「クラブ」の密集地となった渋谷区円山町(画像:(C)Google)



「渋谷系」のアーティストが集まったZESTなども含め、こうした中・小型店こそが「渋谷でなければ買えないレコードがある」と思わせる独自の品ぞろえで、わざわざ渋谷に足を運ぶ理由を高めていたとも言えます。

レコード袋を持つ人であふれた渋谷の街

 CDの売り上げが飛躍的に伸びた1990年代には、HMVやヴァージン・メガストアーズを始め、英米のレコード店チェーンも次々に大型店を渋谷にオープンさせます。老舗のディスクユニオンやレコファンなどは多店舗展開を行い、宇田川町内だけでもいくつもの店を構えるほどの活況でした。

 渋谷の街は大げさではなく、レコード袋を抱えて道行く人であふれかえったのです。

レコードショップのイメージ(画像:写真AC)

 それから十数年がたった今。レコード・ブームが再燃しているとはいえ、ネット通販の普及もあって、渋谷の街にあの頃ほどの熱気は感じられなくなりました。

 それでも、世界一のレコード街・渋谷には今日も、多くの音楽ファンが足しげく通い続けています。


【貴重画像】17年前の渋谷のレコードショップ

画像ギャラリー

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