仮想キャラなりきり動画配信
VTuberという活動形態をご存知でしょうか。
2D、あるいは3DCGで描かれたキャラクターと、人やモノの動きをデジタル化するモーションキャプチャ技術を用いて仮想のキャラクターになりきり動画配信などを行うVTuber。
2016年に「キズナアイ」が初めてバーチャルYouTuberを名乗ってからその数は年々増え続けており、現在ではVTuberの総人口は1万人を優に超えています。
新型コロナウイルスの影響で対面でのイベントが延期や中止などの対応に追われる日々が続いている昨今ですが、動画サイトでの活動がメインであり、存在の仕方も通常のYoutuberと異にしているVTuberが受けた打撃は比較的小さく済んでいます。
さまざまな動画コンテンツやバーチャルイベントを通じて、日々多くのファンを魅了しているVTuberは架空のキャラクター。つまり、彼らに居住地は必要ありません。
われわれのように現実世界に暮らしている者であれば、住所や生活圏を述べることができます。アニメなどのキャラクターにしても、どのような世界にいて、どのような都市に身を置いているのかといったことがある程度設定されているケースが多くあります。
しかしVTuberの場合、存在するための背景や文脈は必要ではありません。コンテンツを制作するVTuber自身には、われわれと同じような時間の概念が存在しているにもかかわらず、それがどのような世界や場所でといったことは一切問われないのです。
本来「場所設定」は重要でない
彼らの動画を見てみると、キャラクター自身がCGであることはもちろん、背景もCGであることがほとんどです。真っ白でだだっ広い、なにもない空間を背景に配信をするVTuberの動画も数多くあります。現実世界にもアニメの世界にも存在し得ないような空間です。
キャラクターが存在する居住地のみならず、VTuberの世界にはそもそも“場所”という概念自体が必要ではありません。そのキャラクターがどのような設定で、どのような場所にいるのかといった情報は重要ではないのです。
にもかかわらず、VTuberには多かれ少なかれキャラクターについての設定が存在しています。その中でも「東京都内」に身を置いているというVTuberも存在します。
たとえば、赤月ゆに(文京区)や鳩羽つぐ(杉並区の西荻窪)などです。
もちろん、文京区に行けば吸血鬼の赤月ゆにに会えるわけでなければ、西荻窪に赴いて鳩羽つぐに遭遇できるわけでもないでしょう。いわゆる「中の人」がそこに存在するとも限りません。
では、居住地的要素が一切必要ないVTuberがこうして居住地を設定しているのには、一体どのような効果があるのでしょうか。
VTuberはフィクションの面とノンフィクションの面を併せ持っています。アニメなどのキャラクターとは違い、キャラの動きも話す内容も現実に基づいています。われわれと同じように実際に生きている人間(「中の人」)が、外見と性格を仮想キャラに置き換えているだけなので、当然と言えば当然です。
フィクションとノンフィクションの狭間
つまりVTuberは、今日の天気や時事ネタにまで言及することが可能なのです。これは基本的にはアニメのキャラクターにはできません。アニメのキャラクターが天気に言及するとき、それは多くの場合アニメの世界側での天気であり、それを視聴するこちら側の状況には関与しないからです。
しかし、VTuber(仮想キャラ)はわれわれの住むこちら側には存在していません。現実世界には「中の人」は存在しても、VTuberは基本的に画面上から出ることはできず、実体として存在しているわけではないからです。
VTuberは日常生活の話をすることが可能ですが、生活を営んでいるVTuberの実体をわれわれが目にすることはあり得ないのです。
このように現実と虚構の狭間で居住地を自称するVTuberは、よりリアリティーを持たせるために実在する地名を述べていると考えることができます。
フィクションとノンフィクションをまたぐコンテンツであるVTuberが実在する地名を居住地として述べることによって、両者をさらに強固につなげる。このことで、より身近に感じつつも決して道端で出会えないフィクションであることが強調されるのです。
このフィクション・ノンフィクションの狭間を感じることができるのがVTuberの面白さのひとつではないでしょうか。この狭間で、VTuberは独自の文化を築き上げていると言えます。
ビジネス展開上のメリットも
架空世界を舞台にしたコンテンツに東京の地名が用いられている例はいくつもあります。その中でも、ただ地名を借りているだけではなく、その土地の特性まで取り入れている例も存在します。
「電音部」という、ダンスミュージックをテーマにしたキャラクタープロジェクトがそのうちのひとつです。
VTuberも声優として参加している同作の舞台は、未来の東京。渋谷や秋葉原など、東京の地区を舞台として取り上げ、それをモチーフとして設定が作り込まれています。
単一のコンテンツとしてだけでなく音源やイベント、グッズ展開、ネット上での番組など広くメディアミックス的に展開する電音部。拡張を続けるこのようなコンテンツにとって、東京の舞台設定は消費者との距離が近くなるという点で非常に効果的であったと言えます。
東京の存在を使って架空世界と現実世界との距離感を縮めることで、完全に架空の世界を舞台にするよりも、電音部のキャラクターやコンテンツを現実に持ち込みやすくなり、話題を作りやすくなると考えられます。
このように、東京は架空の世界でも存在感を放っています。現実との心理的な距離を近くし、フィクションとノンフィクションの懸け橋のような手段として用いられているのです。