ある男性が語った臨死体験 「三途の川」ほとりで怒鳴りつけてきた人物の正体とは【連載】東京タクシー雑記録(9)

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ある男性が語った臨死体験 「三途の川」ほとりで怒鳴りつけてきた人物の正体とは【連載】東京タクシー雑記録(9)

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橋本英男

フリーライター、タクシー運転手

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タクシーの車内で乗客がつぶやく問わず語りは、まさに喜怒哀楽の人間模様。フリーライター、タクシー運転手の顔を持つ橋本英男さんが、乗客から聞いた奇妙きてれつな話の数々を紹介します。

江戸川区で乗せた高齢男性の話

 フリーライターをやりながら東京でタクシーのハンドルを握り、はや幾年。小さな空間で語られる乗客たちの問わず語りは、時に聞き手の想像を絶します。自慢話に嘆き節、ぼやき節、過去の告白、ささやかな幸せまで、まさに喜怒哀楽の人間模様。

さまざまな客を乗せて走る東京のタクシーのイメージ(画像:写真AC)



 今日はどんな舞台が待っているのか。運転席に乗り込み、さあ、発車オーライ。

※ ※ ※

 夏。夜になってもなかなか気温が下がりません。

 21時頃、江戸川区の西葛西から千葉・浦安まで、元気なおじいさんが乗りました。湾岸の側道か葛西橋通りのどちらを走ったらいいですかと尋ねたら、どっちでもいいそうです。

「ややぁ、暑いね。運転手さんも大変ね。冷房強くしたり弱くしたりでさぁ」
「はい」

 気さくな人のよう。ついさっき不愛想な客に当たり、代金を無言でポイッと投げ捨てるように支払われたばかりだったので、何だかちょっとホッとします。

「俺の息子は野菜果物の店をやっていて、暑いのに外仕事。こいつが親孝行でね。息子の嫁さんも自家製のぬか漬けを考案したりして商売の頭がいい。おかげさまで俺はときどきちょっと店に顔出すだけで後は何もしなくても暮らせるの」

「それはそれは。何よりなことですね」

気づけば花畑を歩いていた

 タクシーの乗客には、大きくふたつのタイプがいます。

 ひとつは、運転手に話し掛けられたくない人。もうひとつは、何かしらおしゃべりをしたい人。どちらか見分けるのが難しくないですか? と聞かれることもありますが、後者の方はだいたいご自分から話をし始めてくれるので、案外すぐに分かるものです。

「この時間でも外はまだ36度はある。地獄の暑さだ。え、そういえば俺はね、一度、地獄に行きかけたことがあるんだよ。三途の川も確かに見た。鮮明に覚えてるんだけど」

 臨死体験というやつでしょうか。テレビ番組などで聞いたことはありますが、実際に経験した人に話を聞いたことはありません。私も興味を引かれました。

「へぇ、お客さん、それはどんな感じの体験だったんですか?」

 すると男性が語り始めます。

――あぁ、本当に地獄に行きかけたんだよ。ちょうど10年前だ、旅先の長野県で登山道を歩いていたら、思い掛けず転倒して、そこらにあった鋭い木の枝で腹を深く切った。あの時はもう駄目だと直感的に感じた。

「三途の川」を見たと話す男性。そこでどのような体験をしたのか(画像:写真AC)



 意識がなくなって、気づいたら広い花畑を歩いていた。あぁきれいだなと思いながらしばらく歩くと、川があって、高い見張り台がある。そこに中年の男が座って、番人をやっていた。坊主刈りの無精ヒゲ、妙に目玉が大きい。そいつが俺に声をかけてくる。

「おい、お前はどこに行くんだ」

「絶対に振り返るな」と父は言った

「どこというんでもないが、ただ歩いているよ」
「そうか、それならここで番をしてくれ」
「見張り番をするのはいいけど、何かするのかい」
「いや、ただここに座っていればいいのさ」

 わかった、と俺は言って、台に上がって下を見ると、これがけっこうな高さ。すぐ下に流れる大きな川を見て、ああこれが三途の川かと思ったね。

 そこには、たくさんの人がうごめいていた。赤ちゃんをおぶった母親とか、子どもとか、やせ細った老人も、泥水に腰まで浸かり渡って行く。

 どうも気味の悪い仕事を引き受けたもんだと、ぼやーっと下を眺めていると、ひとりの男が遠くからこっちに歩いて来る。何だと思ってよく見ると、94歳で死んだ俺のおやじだった――。

「三途の川」を眺めていた男性に近づく男。それはすでに亡き父だった(画像:写真AC)



 おじいさんの話口調が、次第に熱を帯びていくのが分かります。

「それで、どうなったんです?」

 私もつい、話の先を急ぎます。

――おやじが、「おい、タケオ、お前何やっているんだ」と。すごい剣幕でした。俺は、頼まれて見張りをやっているんだと答えると、

「こんな所にいると、二度と家に帰れなくなるぞ。今来た道を振り返らずにまっすぐに帰れ。いいか、絶対に振り返るな。振り返るとあの世にそのまま行ってしまうぞ」――

人間、徳は積むものだ

 男性はそこまで一気に話すと、フーッと息をつきました。

「……親とは本当ありがたいものです。おやじ、ずいぶん昔に亡くなったのに、ずっと俺のことを心配してくれていたんだろうな。俺は来た花畑を帰ろうとしたら、また意識がスーッと途切れて行って、気づいたら生き返っていた。今83だけど、この通り元気だよ」

 臨死体験は幻覚の一種と言われることもありますが、男性の話は妙に生々しく、リアルでした。

「おじいちゃん、助かって良かったですね」

 私が思わずそう答えると、彼は破顔してこう言いました。

東京の街角で客待ちをするタクシーのイメージ(画像:写真AC)



「うん、あのね、人は徳は積むもんだ。あの世はあるんだよ。昔の人はウソをつかない。俺みたいに実際を見て来た者しか分からない。困っている人を助けるのは大切だ。人の徳を試すために、その困っている人が姿を変えた仏様かも知れない。たとえだまされたって、1円の身ぐるみまで全部無くすることもないでしょう」

「いい話です。私もどこか福祉施設などに、少しでも寄付をしようかな、なんて思いました」

「うん、運転手さんの寄付の手もいいかもな。ほら、あそこを歩いている人だって身内の知り合いかもしれん。たまたまたお互いがお互いを知らないだけ。みんな、ぐるぐるつながってる……」

本当にあの世があるならば

 その後も男性とのやりとりがしばらく続きましたが、私はさっきの話について考え込んでいました。

 三途の川の先には、天国も地獄もあるはずです。本当にあの世があるのだったら、誰でも徳を積んで天国に行きたい、ですよね。

※記事の内容は、乗客のプライバシーに配慮し一部編集、加工しています。

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