東京五輪の気になる「最終聖火ランナー」 過去の日本開催で選ばれていた意外な人物とは

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東京五輪の気になる「最終聖火ランナー」 過去の日本開催で選ばれていた意外な人物とは

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橘真一(ライター、ノスタルジー探求者)

日本ではこれまで3回の五輪が開催されてきました。そんな五輪では、どんな人たちが開会式会場で聖火をつないだのでしょうか。ライターの橘真一さんが解説します。

ランナーの人選は当日までシークレット

 東京オリンピック(五輪)・パラリンピックの開閉会式会場となる新国立競技場(新宿区霞ヶ丘町)は、スタンド席を覆う屋根が木製であることから、五輪期間中に聖火をともし続けることができません。そのため、常設の聖火台は湾岸地区にある夢の大橋(江東区青海~有明)に設置される模様です。

 開閉会式限定の聖火台は新国立競技場に設置され、開会式でそこに点火された聖火は、夢の大橋の聖火台に移されると見られています。ただし、開会式での聖火リレーがどのような形式になるかは、ランナーの人選も含め当日までシークレットなのは間違いないでしょう。

 ちなみに通常の五輪では、開会式会場内を何人かがリレーをした後に、最終ランナーが聖火台に点火するという形式が定着しています。

 平昌五輪(2018年)ではキム・ヨナ(2010年バンクーバー五輪フィギュアスケート金メダリスト)が務めたように、最終ランナーは、五輪にゆかりのある著名アスリートが起用される場合が多くなっています。

 では、日本で過去に3度行われた五輪において、どんな人たちが開会式会場で聖火をつないだのでしょうか。

最終聖火ランナーの特筆すべきプロフィル

 前回の東京五輪開催時(1964年)、開閉会式はエンターテインメント性が薄く、開会式会場となった旧国立競技場(国立霞ヶ丘陸上競技場)を走った聖火ランナーはひとりのみ。

新宿区霞ヶ丘町にある新国立競技場(画像:写真AC)



 坂井義則という陸上選手がトラックをさっそうと半周したあと、スタンド席の階段を駆け上がり、聖火台に点火しています。

 当時大学生だった坂井は東京五輪代表に漏れた陸上選手でしたが、その大役を務めるのにふさわしい人物でした。なぜなら、彼は原爆が投下された1945(昭和20)年8月6日に広島県で生まれた若者だったからです。

 終戦から19年、“平和の祭典”の幕開けに坂井がトーチを掲げて走ったことは、大きな意味があったのです。

五輪開会式の定番は札幌五輪で生まれた

 日本初の冬季五輪が行われたのは、1972年の札幌です。

 真駒内屋外競技場(現・真駒内セキスイハイムスタジアム)で行われた開会式では、今では当たり前の“あること”が初めて行われています。それは、開会式会場内での聖火リレーです。

札幌市にある真駒内セキスイハイムスタジアム(画像:(C)Google)



 このときは辻村いずみ、高田英基という札幌の高校1年生によるリレーでした。まず、フィギュアスケート選手である辻村がトーチを掲げながら会場内のリンクを滑って会場中央部に移動。待機していた高田はトーチを受け取ると、長い階段を登り、最上部の聖火台に点火……という流れでした。

 高田はアスリートではない一般高校生でしたが、このように、無名の市民、未来ある若者、非アスリートが開会式で聖火をリレーするというケースはときどきあります。

 ロンドン五輪(2012年)では、7人のティーンエージャーが聖火に点火しましたが、そのなかには非アスリートの若者も含まれていました。

長野五輪、点火したのは有名フィギュア選手

 長野五輪(1998年)は五輪に商業色が濃くなった後の開催で、開会式会場の長野オリンピックスタジアムで聖火をつないだのは次のメンバーでした。

長野オリンピックスタジアムの聖火台(画像:写真AC)

クリス・ムーン(イギリスの社会活動家・マラソン選手)

千葉真子(1997年世界陸上選手権1万m銅メダリスト)

河野孝典(1992年アルベールビル五輪、1994年リレハンメル五輪ノルディック複合団体金メダリスト)&阿部雅司(1994年リレハンメル五輪同金メダリスト)&三ヶ田礼一(1992年アルベールビル五輪同金メダリスト)

鈴木博美(1997年世界陸上選手権女子マラソン金メダリスト)

伊藤みどり(1992年アルベールビル五輪女子フィギュアスケート銀メダリスト)

 ムーンは地雷除去の作業中の事故で右手と右足を失ったものの、わずか1年でフルマラソンを完走した鉄人です。河野、阿部、三ヶ田は当時としては記憶に新しい冬季五輪金メダリストでした。千葉、鈴木は次のシドニー五輪の有力メダル候補と目されての起用だったと思われます。

 ただ、残念ながら両者ともシドニー出場を逃しています。そして聖火台に点火した伊藤は、日本人初のフィギュアスケートの五輪メダリストで、ここは冬季五輪らしい人選だったといえます。

五輪開会式の顔ぶれは7月23日以降に判明

 ただ今日、この陣容を俯瞰(ふかん)すると、冬季競技選手の割合が全体の5分の2と少ないことに違和感を覚える人がいるかもしれません。もちろん、冬季五輪だからといって、冬季競技選手が起用されるとは限りません。

 例えばソチ五輪には、テニスのマリア・シャラポア、レスリングのアレキサンドル・カレリンが登場しています。

オリンピックのメダルイメージ(画像:写真AC)



 また、当時はまだ数が少なかった冬季五輪の著名日本人メダリストたちは、五輪旗を持って入場する役割として長野開会式に参加したことも付け加えておきましょう。

 しかしその前提があっても、ムーンも含めて5分の3が陸上の長距離選手というのは、いささか不思議なバランスだったといえるかもしれません。

 さて、今回の五輪開会式では、どのような顔ぶれが選ばれるのでしょうか。もし予定通りに五輪が開催されるとしたら、それが判明するのは、7月23日の20時以降です。

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