渋沢栄一ブームに沸く東京・北区――王子はもう「八王子」に間違われなくなるのか【青天を衝け 序説】

“日本資本主義の父”で、新1万円札の顔としても注目される渋沢栄一が活躍するNHK大河ドラマ「青天を衝け」。そんな同作をより楽しめる豆知識を、フリーランスライターの小川裕夫さんが紹介します。


「青天を衝け」に期待を寄せる北区

 新型コロナウイルスの影響で、年間を通して放送されるNHK大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」の撮影・放送のスケジュールに狂いが生じました。そのため、年をまたいでも放送が続き、2月7日(日)に最終回を迎えました。

 そうしたハプニングはありましたが、2021年の大河ドラマ「青天を衝(つ)け」は、2月14日(日)からスタートします。「青天を衝け」は、埼玉県の血洗島(現・深谷市)出身の渋沢栄一が主人公です。渋沢の出身地である深谷市は大河ドラマに期待を寄せ、大きく沸いています。

 深谷市のほかにも、「青天を衝け」に大きな期待を寄せている自治体があります。それが、東京都北区です。

 江戸幕府が崩壊して明治新政府が発足すると、幕臣だった渋沢は主君の徳川慶喜に付き従って静岡で生活しました。しかし、渋沢の才能に注目していた大隈重信に呼び戻されます。こうして、明治新政府で働きます。

 出仕のために静岡から東京へと転居してきた渋沢ですが、明治新政府の重鎮・大久保利通との不仲から官吏として働く意義を見失い、1873(明治6)年に退官。退官後は徳川に仕えるのではなく、民間人として活躍する道を選びました。以降、理念を曲げずに民間から社会を変えるという立場を貫きます。

 短い官吏生活でしたが、渋沢の経済知識が抜きんでていたこともあり、民間に転じた後も政府は渋沢にアドバイスを求めることは多く、渋沢も協力を惜しみませんでした。

 静岡から東京に出てきた渋沢は、神田神保町や日本橋兜町、深川といった都心に近い場所に邸宅を構えました。現在のように交通手段がないので、役所勤めをするには庁舎の近くに居住する必要があったからです。

飛鳥山に別邸を建てた渋沢

 1879年、渋沢は飛鳥山に別邸を建設します。飛鳥山は、徳川吉宗が桜を植樹したことにより桜の名所として有名になっていました。現在も桜のシーズンに多くの花見客でにぎわう飛鳥山ですが、当時はまだ鉄道がありません。

 郊外と言えば聞こえはいいのですが、当時の飛鳥山は茫洋(ぼうよう)とした荒野に近く、それゆえに別邸といえどもわざわざ邸宅を構えるような土地柄ではなかったのです。

 渋沢は、そんな飛鳥山に別邸を建設するわけですが、決して富裕層の酔狂だったわけではありません。

 飛鳥山に別邸を建設するにあたり、渋沢は数寄屋造り建築の第一人者でもあり三井財閥から厚く信頼を寄せられていた工匠・柏木貨一郎に純和風の家屋を設計するように依頼しているのです。そうした点からも、渋沢が飛鳥山の別邸に並々ならぬ思いを込めていたことがうかがえます。

飛鳥山公園内の渋沢史料館。渋沢が邸宅を構えていた一画にある(画像:(C)Google)



 1883年、日本鉄道(現・JR東日本)が上野~熊谷間を開業。現在、同路線は高崎線・東北本線となってますが、当時は京浜東北線が走っておらず、東北本線・高崎線の駅として王子駅が設置されました。

 王子駅は飛鳥山のすぐ近くの場所にあります。日本鉄道が開業したことで、渋沢は王子駅から上野駅まで汽車に乗り、上野駅からは馬車鉄道に乗って事務所を構えていた兜町まで移動することが可能になりました。

 鉄道網が整備されたことで王子からの通勤が可能になった渋沢は、兜町の邸宅を事務所として使うようになり、歳月とともに生活拠点を飛鳥山の別邸へと移していきます。そして、1898年には飛鳥山の邸宅が本邸に定められるのです。

1947年に誕生した北区

 こうした経緯から渋沢と北区は深いつながりがあり、北区は「青天を衝け」によって王子(飛鳥山)が活性化することに期待を高めているのです。

 もともと東京都北区は、1947(昭和22)年に王子区と瀧野川区が合併して誕生しました。ふたつの区が合併する際、新たな区名をつける必要があり、飛鳥山区もしくは飛鳥区が有力候補に挙がったようです。ところが「飛鳥」という表記や読み方がネックになり、代替案だった「北区」に落着しました。

 北という方角がついた区名は無難ではありますが、他方で没個性に陥りやすく、それが北区に重くのしかかっていきます。

 北区というネーミングは、東京の北方にあるというイメージしか抱かず、それが北区の活性化を妨げる要因になってしまうのです。

東京都北区(画像:(C)Google)

 近年、マンガ『東京都北区赤羽』の作者である清野とおるさんと女優の壇蜜さんが結婚するといったトピックがありました。『東京都北区赤羽』は北区が脚光を浴びることになった作品のひとつですが、壇蜜さんとの結婚によって赤羽がさらにクローズアップされることになりました。

 そのほかにも、1000円程度で酒が楽しめる“せんべろ”の店が多く軒を連ねている点、埼京線・京浜東北線・湘南新宿ライン・上野東京ラインといった鉄道の利便性がいい点など、赤羽が注目される機会は増えています。

 赤羽がメジャータウンになる一方、区役所が立地する北区の中心地・王子は光が当たっているとは言いにくい状況です。

渋沢による街おこしは成功するか

 そうした現況を打破して北区全体を活性化させるべく、北区は2017年に観光協会を立ち上げました。さらに、2020年には区役所の部署としてシティープロモーション推進担当課を設置。街のPRや来街者の呼び込みに努めています。

 飛鳥山の大部分は公園として一般開放されていますが、渋沢が邸宅を構えていた一画には渋沢史料館(北区西ケ原)というミュージアムがあります。「青天を衝け」で渋沢を演じる俳優の吉沢亮さんは、渋沢を演じるにあたって渋沢史料館に足を運び、渋沢の人柄や事績を学んだそうです。

 また「青天を衝け」の放送期間中は、渋沢史料館に隣接する北区飛鳥山博物館(同区王子)の一画にも大河ドラマ館が開設されます(2月20日~)。

2月14日から始まるのNHK大河ドラマ『青天を衝け』のウェブサイト(画像:NHK)



 これまで王子と言ってもその位置を把握している人は決して多くなく、八王子の隣ぐらいと誤認している人も少なくありません。王子在住者や王子に通勤・通学している人だったら、一度は八王子や八王子の近くと勘違いされるという悔しい経験をしているはずです。

「青天を衝け」は2月14日(日)から放送が始まりますが、王子や飛鳥山は渋沢一色に染まることになりそうです。

 今回の「青天を衝け」の放送や、2024年に改刷される新1万円札の顔に渋沢が決まったことは王子の認知度を高める追い風になることは間違いありません。


【画像】大河ドラマ館が開設される「北区飛鳥山博物館」

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