神田と日本橋に残る「奇跡の食堂」 日替りランチはワンコイン、昭和の香りに浮かぶ商売人の魂とは【連載】アタマで食べる東京フード(13)

味ではなく「情報」として、モノではなく「物語」として、ハラではなくアタマで食べる物として――そう、まるでファッションのように次々と消費される流行の食べ物「ファッションフード」。その言葉の提唱者である食文化研究家の畑中三応子さんが、東京ファッションフードが持つ、懐かしい味の今を巡ります。


創業は明治22年、重厚な洋風建築

 日本各地の古い洋風建築を愛でるサイトで、中央区日本橋小網町にある「桃乳舎(とうにゅうしゃ)」を発見し、ひと目ぼれしてしまいました。外壁はレンガ色のスクラッチタイル張りで、2階の窓を重厚な円柱とアーチ、手すりが囲み、その上部中央に刻まれた桃のレリーフが、なんとも個性的な名看板建築です。

 看板建築は、木造2、3階建ての建物の表面だけを銅板、モルタル、タイル、スレートなどの耐火素材で覆い、装飾した商店建築で、関東大震災後に流行したスタイル。表面全体を看板に見立て、こう名づけられました。

 大きなビルとは違って名のある建築家が設計したわけではなく、型にはまらない自由なデザイン、多様なデコレーションが魅力です。どんどん数が減り、きれいな状態で保存されている桃乳舎は貴重な近代遺産です。

 さらに興味をそそられたのが、桃乳舎の来歴。1889(明治22)年に牛乳屋として創業し、その後1904年からミルクホールとしても営業するようになり、この建物は1927年(昭和2)に建てられました(1933年とする説もあり)。

 現在は「喫茶・洋食」の看板を掲げていますが、信じがたいほど激安のランチ食堂として、地元のサラリーマンに愛されているとのこと。

 明治期の東京の牛乳屋は牛を飼い、乳を搾って売る牧場兼店舗が多かったのですが、桃乳舎は販売専門でスタートしたようです。たしかに、日本橋川がすぐそばを流れる立地は、湿気を嫌う牛を飼うのには不向き。建物の格調高さからすると、客筋がよく、繁盛したミルクホールだったと思われます。

学生で賑わった「ミルクホール」とは


【画像】安い、おいしい 老舗2店の外観と地図

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