東京のコンビニが舞台の恋物語
2020年12月22日(火)に、ドラマ『この恋あたためますか』(TBSテレビ系)が最終回を迎えます。
通称「恋あた」として若い女性から人気を集めた本作は東京が舞台。業界最下位のコンビニチェーン「ココエブリィ」上目黒店でバイトしていた21歳のアルバイト・井上樹木(森七菜さん)が主人公です。
アイドルをクビになった後から将来への展望もなくバイトに明け暮れていた樹木ですが、趣味でSNSに投稿していたスイーツ批評がある日「ココエブリィ」の社長・浅羽拓実(中村倫也さん)の目にとまります。
そして、樹木は同社商品部スイーツ課でパティシェの新谷誠(仲野太賀さん)や先輩の北川里保(石橋静河さん)と共にスイーツ開発を手がけることに……。
本作はラブコメディーで、樹木は東大卒のエリートである浅羽とぶつかりながらも、アイドル時代に「噛み続けたガム(もう味がしない)」と称された自分を必要としてくれた彼に惹(ひ)かれていきます。
しかし、浅羽は元カノの里保と寄りを戻すことに。一方の樹木も誠から告白され、まずは“お試し期間”としてクリスマスまで付き合うことになるのです。
「恋あた」の視聴者はこの4人の恋愛模様に毎回キュンとさせられたり、彼らの誰かを思う気持ちに切なくなったりと心揺さぶられてきたのですが、興味深いのはSNSを中心に主役ではない里保と誠を応援する声が少なからず挙がっているということ。
仕事に一生懸命で、樹木にも頼れる先輩として親切に振る舞う里保。そんな彼女に幸せになってほしいと願う声や、樹木を一途に思う誠の不器用だけど真っ直ぐな優しさにほれ込む視聴者が続出し、樹木と誠を“キキマコ”と称し、「推しカップル」として写真や自分で編集した動画をtwitterやTikTokに投稿する人が多いことに驚かされます。
なぜなら、里保は主人公の“ライバル”的立ち位置であり、誠は主人公とヒーローの恋を盛り上げるためのいわゆる“当て馬”キャラ。
従来ならば、やきもきさせられた視聴者に嫌われてしまう可能性をはらんでいる役回りです。
脇役に寄せられる声援、一体なぜ?
例えば恋愛ドラマの金字塔『東京ラブストーリー』(1991年、フジテレビ系)で、ヒロインのライバル・関口さとみ役を演じた有森也実さんは視聴者から恨まれ、カミソリ入りのファンレターが事務所に届いたことを明かしています(2020年4月27日配信「週刊女性PRIME」)。
しかし、近年では主人公やヒロインとは別軸で、時にはそれ以上にライバルや当て馬キャラの人物が支持を集める現象が見られます。
「恋あた」と同じ枠で放送された『恋はつづくよどこまでも』(2020年)では毎熊克哉さん演じる同僚の来生晃一。2020年12月現在放送中の『#リモラブ ~普通の恋は邪道~』(日本テレビ系)では間宮祥太朗さん演じる社員・五文字順太郎が、それぞれ主人公に思いを寄せながらも身を引く姿がいじましく「報われてほしい」と思う視聴者も多かったようです。
また少しさかのぼれば、『花より男子』(2005 年、TBSテレビ系)の小栗旬さん演じる花沢類も同じような立ち位置で描かれ絶大な人気を誇っていました。
また、『失恋ショコラティエ』(2014年、フジテレビ系)でも主人公に片思いする薫子(水川あさみさん)が、魔性の女性であるヒロインの悪口を言ってしまったり、はたまた自虐してしまったりと、つい“イタい”行動を取ってしまう様子に見る側は思わず共感することも。
なぜ彼らは視聴者の目に魅力的なキャラクターとして映るのでしょうか。
共感しやすい「報われない境遇」
ひとつは、ドラマの中でライバル・当て馬キャラである登場人物の心情も丁寧に描かれるようになったから。
「恋あた」の里保も恋愛面だけではなく、仕事においてフレッシュなアイデアを生み出せる樹木と、経験や知識に縛られてしまう自分を比べて嫉妬する姿も描かれました。
同作の誠に関しても、地元の先輩である浅羽を尊敬しながらも、スポーツも勉強もできて何もかも完璧な彼にコンプレックスを抱いていることが話の中で分かります。
それでも決して、ふたりは樹木や浅羽に当たりません。見えないところで悔し涙を流したり、傷ついた顔を見せたりしても、樹木や浅羽に対しては笑顔でちゃんと同僚として振る舞うのです。
もちろん里保が樹木と浅羽の関係性に危機感を抱き、誠に対して「樹木ちゃんを離さないでね」という場面や、誠が浅羽に「樹木ちゃんは渡さない」と牽制(けんせい)するシーンもあります。
しかしながら、そこに至るまでの思いを視聴者は十分に分かっているからこそ、納得できる。
“良い人なのになぜか報われない”という展開は現実世界でもよくあること。一方で、樹木や浅羽のように突然シンデレラストーリーを歩み始める人や、容姿も良くてなおかつポテンシャルも高い、という人はごくわずかです。
里保と浅羽は視聴者寄りの人間で、ともすれば自分と重ねてしまう人物だからこそ応援したくなるのかもしれません。
そしてもうひとつ、最近のドラマの傾向として「嫌な人間が出てこない」という側面もあります。
現実から離れた「優しい世界」の徹底
特に「恋あた」が放送されているTBSの火曜ドラマ枠はその傾向が顕著に現れており、『私の家政夫ナギサさん』(2020年)、『逃げるは恥だが役に立つ』(2016年)などのヒット作を見ても、分かりやすい悪役キャラが見当たりません。
別枠ですが、通称「チェリまほ」として話題沸騰中のドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(テレビ東京系)が配信されているTSUTAYA TVの口コミでも「嫌な人間が出てこない」という点が評価理由に挙げられていたのも印象的でした。
もちろん現実では、学校や職場に嫌な人がひとりくらいは絶対に存在します。
しかし、ドラマを見るのは、そんな現実から一度離れた平日の夜や休日。エンタメの世界に身を投じているときくらい幸せな気分に浸りたい、わざわざ嫌な思いをしたくない、というのが多くの視聴者の本音なのかもしれません。
だからこそ制作側も視聴者の声に寄り添い、たとえ主人公やヒロインのライバル or 当て馬キャラであっても“嫌な人”として描くことは避けているのでしょう。恋あたはそんなふたつの流れを受けた新しいドラマといえます。
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12月15日に放送された9話(最終回直前!)では、樹木が誠と正式に付き合い始めるかと思われた矢先、浅羽がふたりの前に現れ、樹木に熱い思いを告げました。
これまでのドラマなら、そのまま樹木と浅羽が結ばれて終わりでしょう。ですが、誠に報われてほしいという視聴者の願いもあります。
もしかしたら時代に合わせて価値観をアップデートさせてきたTBSのドラマだからこそ、樹木と誠が結ばれるハッピーエンドもあり得るかもしれません。