マツコ・デラックスのトークはなぜ共感されるのか? 秘密をひも解くカギは「東京」にあった
トーク力、コメント力、演技力がある マツコ・デラックスがいまを代表するテレビタレントであることに異論を唱える人は少ないでしょう。最初の冠番組である『マツコの部屋』(フジテレビ系)が始まったのが2009(平成21)年。それから10年以上、第一線で活躍し続けていることになります。 人気タレントのマツコ・デラックス(画像:TOKYO FM) タレントとしての長持ちの理由は、ひとつではありません。 当初は「ゲイで女装家」という点が関心を引いた面もあったかもしれませんが、そのうちトーク力、コメント力、素人との絡みのうまさ、時々CMなどで披露する演技力など、タレントとしての多彩な才能が認められていったのは疑いのないところです。 そしてもうひとつ、豊富な知識も特筆すべきでしょう。毎回さまざまなジャンルの専門家やマニアが登場する『マツコの知らない世界』(TBSテレビ系)でも、場を盛り上げつつ幅広い知識でゲストと渡り合う姿はおなじみです。 マツコが披露する知識には、経験の裏付けが感じられます。本や学校で得た知識ではなく、自分の足で集めた知識と言えばいいでしょうか。かつて雑誌編集者でライターだったということもあってか、世間の実情にもよくアンテナを張り巡らせているのがうかがえます。 東京・近郊の街に関する知識がある 中でもそれが特にわかるのは、東京や東京近郊の街に関する知識です。「なぜそんなにいろいろな街のことをよく知っているのか?」と驚かされることが少なくありません。 『夜の巷を徘徊する』のウェブサイト(画像:テレビ朝日) 例えば、『夜の巷を徘徊する』(テレビ朝日系)では、しばしばそんなシーンに遭遇します。街ブラ番組は多いですが、「高級」とか「下町」とかありがちな街のイメージではなく、どんなショッピングモールがあるとか、駅の周辺や商店街の特色など次々具体的な話が出てくるタレントは、マツコくらいしかいないような気がします。 そんな街へのあくなき興味の延長線上にあるのが、マツコが趣味だと語る東京の再開発についての妄想です。東京の地図などを広げながら、自分ならこの街をどう再開発するかを勝手に想像して楽しむのです。 横須賀・総武快速線の車両をつくった横須賀・総武快速線の車両をつくった『マツコの知らない世界』でジオラマが特集された回。 マツコが自らロケに出て、都市開発業者の森ビル(港区六本木)がつくった東京の巨大ジオラマを見学したことがありました。そこでのマツコは、新宿の街は美しいが、品川の街のビルの並びは今ひとつ、といったような話題が止まらず、とても楽しそうでした。 『マツコの知らない世界』のウェブサイト(画像:TBSテレビ) ところで、その同じ回でマツコが自らジオラマをつくることになった際、最もこだわったパーツが横須賀・総武快速線の車両でした。その走る姿は、マツコにとっての若き日の心象風景と深く結びついていたからです。 若き日は「弱者」だった マツコは1972(昭和47)年の千葉県生まれで、テレビでもたまにそのことを話題にすることがあります。千葉市から東京駅を経由して神奈川県横須賀市の久里浜駅まで走る横須賀・総武快速線は、若き日のマツコが東京に行く際によく使っていた路線でもありました。 その頃のこと。東京でのおしゃれな生活に憧れたマツコは、まず錦糸町で慣らすことを考えました。そして当時そこにあった西武で買い物をし、その西武の買い物袋を持ちながら自慢気に総武快速で帰っていたと言います。 横須賀・総武快速線(画像:写真AC) ところが、ある日マツコは衝撃の事実に気づきます。錦糸町の西武は池袋の西武などとは違い、西友の経営でした。つまり、“本物の西武”ではなかったのです。マツコは、 「今、最先端に触れてるんだと錯覚していた」(『SWITCH』2016年5月号) だけでした。 マツコは言います。 「でも日本という国は、全然幸福じゃないんだよね。幸福ってものを国民に履き違えさせるように仕向けてきたわけじゃない。まんまとそれに乗っかってしまった人たちがいる。そのことをあたしは言いたいの」(同号) 「あたしは当時は弱者の一人だった」(同) ときどき皮肉たっぷりに話すときどき皮肉たっぷりに話す 一時、マツコは東急田園都市線をよく話題にしていました。同線は、東京の渋谷と神奈川県の中央林間を結ぶ私鉄の路線です。 「田園都市」というネーミング自体もなんとなくおしゃれですが、実際に沿線には二子玉川やたまプラーザなど高級住宅街を周囲に控えた駅が多くあります。 二子玉川駅周辺の様子(画像:写真AC) ただ一方で、通勤時間帯などは混雑が激しいことで有名な路線でもあります。 あるとき、混雑するなか乗客同士がけんかになり、電車が遅延するという出来事が東急田園都市線でありました。そのニュースが『5時に夢中!』(TOKYO MX)で紹介されたとき、コメンテーターのマツコは、 「煉瓦(れんが)敷きの駅前を通って瀟洒(しょうしゃ。しゃれた様子)な住宅街とかにいるから、隣の人と肩ふれるのももう我慢できないざます、みたいなね」 と皮肉たっぷりにコメントしました。 もちろん単なるネタという側面もあるでしょう。しかし、「幸福というものを国民が履き違えさせられてしまった」という先ほどのマツコの発言を踏まえれば、もう少し真面目な、しかも苦渋に満ちた思いがそこにはあるような気がします。 「まんまと乗っかってしまった」のは、満員電車の混雑を我慢しても東急田園都市線沿線に住もうとする人びとだけではありません。マツコ自身もまたそうだったのですから。 恥ずかしい部分をさらけ出す 繰り返しになりますが、マツコ・デラックスの東京論の面白さは、やはりこのように自身の体験を土台に語られる点です。 大都会・東京のイメージ(画像:写真AC) 手厳しく聞こえる部分もありますが、一方で自分の恥部も隠さずちゃんとさらけ出す。そこにテレビタレントとしての一流のバランス感覚があると同時に、私たちも共感するものを感じ取っているのではないでしょうか。
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