注目集まる都内の「防災教育」、一番勉強すべきは子どもでなく、大人だった

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注目集まる都内の「防災教育」、一番勉強すべきは子どもでなく、大人だった

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中山まち子

教育ジャーナリスト

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阪神淡路大震災や東日本大震災の発生を受け、現在の学校の防災教育は一昔前に比べ厚みを増しています。教育ジャーナリストの中山まち子さんが解説します。

重要性を増す防災教育

 ゲリラ豪雨や温暖化による大型台風など、日本では毎年のように自然災害が発生しています。気象現象は事前にある程度の予想や対策を立てられますが、地震は科学が進歩した現代でも予知が難しく、それゆえ個人の防災意識に左右される結果となっています。

 地震に備える意識は1995(平成7)年の阪神淡路大震災以降から高まり、2011年の東日本大震災をきっかけに備蓄品や避難場所でのプライバシー確保など、全国各地で教訓を生かした対策が採られてきました。

 またそれらを受け、現在の学校の防災教育も一昔前に比べて厚みを増しています。

小学校1年生~3年生版「防災ノート ~災害と安全~」(画像:東京都)



 内閣府が2015年3月にまとめた「地域における防災教育の実践に関する手引き」には、被害が広範囲になった東日本大震災では「公助」が行き届かず、自分で自分の力を守る「自助」や近隣住民との協力をする「共助」の重要性が記載されています。

 このことから、国はこれからの防災教育において自助と共助の質を高めることが人的被害を最小限にとどめると考えていることが分かります。

昔より濃い学校の防災教育

 それでは、実際にどのような防災教育が行われているのでしょうか。

 2017年度に公示された学習指導要領の改訂で、小中学校の理科や社会、家庭科といった教科で今まで以上に自然災害や防災について学ばせる方針が決まりました。

 例えば、中学校の理科ではこれまで3年時の後半に災害を学んでいましたが、中学全学年を通して地震や火山、そして豪雨や台風による気象災害を勉強することになったのです。

 国の方針を受け、学校教育では科目を越えた防災教育が実施されています。

 それでは、首都直下地震で大きな被害が心配されている東京都ではどのような防災教育を行っているのでしょうか。

 東京都は2015年9月から、黄色を基調とした表紙の防災ブック「東京防災」をベースに、小学生から高校生向けの「防災ノート「東京防災」」も配布。特に小学校5年生と中学2年生には補助教材「3.11を忘れない」も配布され、日本が過去遭遇した地震や津波、台風被害がコンパクトにまとめられています。

 現在ではこれらを発展的に統合した「防災ノート~災害と安全~」を作成し、都内の全学校の児童・生徒に配布しています。

避難訓練の炊き出し体験のイメージ(画像:写真AC)



 地震といえば建物が倒壊するイメージが強いですが、補助教材では東日本大震災の都市部で被害が続出した液状化現象も掲載されており、その実例も写真で紹介しています。

 これらの教材は、東京都教育委員会の「安全教育・防災教育」でPDFファイル形式でダウンロードすることができます。

東京の防災施設は増えている

 一昔前の学校の防災教育といえば、避難訓練で机の下に潜ったり、火災を想定してハンカチを口に当てて校庭に集まったりするのがお決まりでした。

 もちろん、昭和から受け継がれている伝統的な避難訓練は大切ですが、今の子どもたちはより実践的な防災を施設などで学んでいます。 

 また学校の防災教育を語る上で、地域の災害拠点にもなる防災施設も外せません。

 2010年に開館した東京臨海広域防災公園内の体験型学習施設「そなエリア東京」(江東区有明)では、マグニチュード7.3の直下地震発生直後の東京の街並みを再現しています。そのあまりにもリアルな光景はメディアでも度々紹介されており、目にした人も多いことでしょう。

江東区有明にある「そなエリア東京」(画像:(C)Google)



 同施設では、発生からの72時間(3日間)をどう切り抜けるかをテーマにした体験ができます。なぜ72時間なのかは、きちんと理由があります。

 地震発生直後は大混乱を極め、国や自治体による指示系統が整うことは容易ではありません。救援活動や物資が届くまでに4日かかるとし、それまでの期間をどう過ごすのかを体験を通して理解させる狙いがあります。

 こうした東京都の防災施設は1990年代以降増加しており、地域の非常時の拠点や備蓄品倉庫も兼ねています。

防災教育と縁のない人たちの啓発が課題

 そなエリア東京がある東京臨海広域防災公園は、大規模災害が発生したときの首都圏の対策本部として機能し、防災施設と緊急時の拠点の役割を担っています。施設の増加は、まさに地域社会の防災体制を整える側面もあるのです。

 人口1300万人を超える大都市・東京が、最後に大きな地震に襲われたのは1923(大正12)年の関東大震災です。

 東日本大震災の発生時は、首都圏も大きな揺れを記録。公共交通機関が全てストップしたことで帰宅困難者があふれましたが、東京は震源地から離れたこともあり、数日後には日常に戻れました。しかし、首都直下地震が発生したらそうはいきません。

 関東大震災のように家屋の密集地域では火災が起き、建物が倒壊するなど、誰もが混乱する状況に瞬時に追い込まれるのです。

墨田区横網にある関東大震災の慰霊施設「東京都慰霊堂」(画像:写真AC)



 東京は約100年間、平穏に過ごしてきました。街並みは大正時代と比べて大きく変わり、同様の地震が起きても想像しづらいところもあります。子どもたちは「いざというときにどうすれば良いのか」を学校で学ぶ一方、大人たちが新しい防災教育に触れる機会はほとんどありません。

 職場で定期的に避難訓練を実施しているのならまだしも、そのような機会のない人もいます。そのため、特に社会とのつながりが希薄になっている人たちが最新の防災情報を得られる取り組みも今後求められます。

瞬時に正しい判断が求められる自然災害

 台風の接近や強雨をもたらす「線状降水帯」の発生をニュースで知り、避難所の確認や避難準備よりも買い出しに行ってしまう人もいまだ少なくない状況です。

 食糧の確保は生きる上でもちろん大切ですが、最優先すべきことは自身の命を守るために行動することです。

防災グッズのイメージ(画像:写真AC)



 日本は自然災害が多い国であり、常に防災教育や情報をアップデートする必要があります。しかし社会に出るとつい後回しにしたり、おろそかにしたりしまいがちです。いざというときに適切に行動できる大人は決して多くないでしょう。

 ハザードマップや防災情報冊子を家の分かりやすい場所に置き、定期的に備蓄品や避難場所を確認することはひとり暮らしでも家庭でも、もはや必須条件となっています。

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