似てるけど全く別物! 「とんかつ」「カツレツ」 、あなたは違いを知っていますか?【連載】アタマで食べる東京フード(15)

味ではなく「情報」として、モノではなく「物語」として、ハラではなくアタマで食べる物として――そう、まるでファッションのように次々と消費される流行の食べ物「ファッションフード」。その言葉の提唱者である食文化研究家の畑中三応子さんが、東京ファッションフードが持つ、懐かしい味の今を巡ります。


東京で食べられる名店も紹介

「油で揚げる」という調理法は、古代に中国からやって来ました。

 奈良時代にはすでに唐王朝から伝わった揚げ菓子が作られ、「唐菓子」「唐果物」と呼ばれました。京都の銘菓、「亀屋清永」の「清浄歓喜団(せいじょうかんきだん)」と「ぶと(※)」は、1000年の歴史をいまにとどめる唐菓子。形といい色といい、見るからにエキゾティックで日本離れしています。

 時代は飛んで、ポルトガルから天ぷらが伝わったのは室町時代。そして明治になって、英仏から入ってきたのが、パン粉をつけて揚げるという調理法です。

 とんかつのルーツが、フランス料理の「コートレット・ド・ヴォー」だったのは有名な話。薄く叩き伸ばした仔牛肉に小麦粉をまぶし、溶き卵をくぐらせてから目の細かいパン粉を密着させて、たっぷりのバターで炒め焼きにする料理です。

意外と知らない、とんかつとカツレツの違い。さて、この写真はどちらでしょう?(画像:写真AC)



 現代フランス料理ではあまり作られなくなりましたが、イタリアの「コトレッタ・アッラ・ミラネーゼ」、オーストリア料理の「ウインナ・シュニッツェル」は、ほぼコートレット・ド・ヴォーそのまま。ともに土地を代表する名物料理です。

 バターの油脂分と香りをたっぷりまとってしっとりした衣と、淡白な仔牛肉との調和を味わうコートレット・ド・ヴォーは、エレガントな肉料理ではありますが、明治の日本人には少し油っこすぎた。いつしか、天ぷらのように油ぎれよい「たっぷりの油で揚げる」方法に切り換わり、衣自体の食感が楽しめるよう、粒の大きなパン粉が使われるようになりました。 

※「ぶと」の漢字表記は、旧字体の食へんにそれぞれ「倍のつくり」と「主」

とんかつは和食、カツレツは洋食

 現在のとんかつが成立したのは、昭和初期。とんかつとは、コートレットがパーフェクトに日本化を遂げた完成形です。

 薄切りの仔牛肉は厚切りの豚肉にかわり、天ぷらと同様、肉汁を衣のなかに封じ込め、衣自体もサクサクと歯切れよく食べられる。つけ合わせのせん切りキャベツは、刺身における大根のツマ、ソースとからしはしょうゆと山葵に該当します。とんかつには、ご飯とみそ汁以外の組み合わせは考えられません。食べる道具は、もちろん箸(はし)。

 とんかつがコートレットの帰着点だとしたら、その中間にあるのが「カツレツ(またはカツ)」です。とんかつが和食なのに対して、カツレツは洋食。ふたつは、似て非なる料理です。

 その違いを絶妙に言い当てたのは、戦前期から活躍した映画監督の山本嘉次郎。料理随筆の名手としても知られ、「肉が薄くて、ウスターソースをジャブジャブかけて、ナイフとフォークで食うのがポークカツであり、肉が厚くて、トンカツソースがかかっていて、適宜に切ってあって、箸で食うのがトンカツなのである」と、『日本三大洋食考』で表現しています。

 ウスターソースをジャブジャブは滅びましたが、現在でも洋食の店ではカツをフォークとナイフで食べさせることが多く、とんかつとは一線を画したモダンでハイカラな味に出会えます。

 千代田区神田神保町の「ランチョン」は、1909(明治42)年創業のビヤホール兼洋食屋。カツはポークとチキンの2種類があり、今回はチキンを頼みました。というのは、豚肉食が庶民のあいだに浸透しはじめるのは明治末からで、大正時代まではカツレツといえば、ポークよりチキンとビーフのほうが一般的だったからです。

フォークとナイフでいただくチキンカツ

 オーダーすると、すぐにフォークとナイフ、ドレッシングと練りがらしがサーブされます。今どき、ピカピカのガラス器に調味料を入れて持ってきてくれる店は珍しい。しかも、からしは練り立てです。

 しかるのちに運ばれてきたチキンカツは、まず大きさに圧倒。鶏もも1枚丸ごとに足先の骨だけ残し、サクサクの衣で包まれています。つけ合わせは、定石通りせん切りキャベツにマカロニサラダ。ドレッシングで食べるキャベツは、ツマではなく立派なサラダの存在感を発揮しています。

「ランチョン」のチキンカツ1250円。やさしい味のデミグラスソースに、練りがらしのピリッとした辛みがアクセントになる(画像:畑中三応子)



 カツの下にデミグラスソースがたっぷりと流されているのが、とんかつとの最大の違い。濃すぎないソースを衣にしみ込ませながら食べるチキンカツ、なんとも上品です。これに汁物をつけるとすれば、みそ汁ではなくポタージュかコンソメでしょう。

「空揚げ」と「唐揚げ」の違いは?

 21世紀の日本において、とんかつ & カツレツを超え、揚げる料理としていちばん愛されているのは、間違いなく鶏のから揚げでしょう。おかずに、おつまみに、おやつにと、あらゆるシーンで食べられています。

 ところで、から揚げには「空揚げ」と「唐揚げ」、2種類の表記があり、戦前の料理書にも両方が見られます。

 空揚げは、文字通り衣が空という意味で、何もまぶさずに素揚げする、衣をつけるとしても軽く粉だけをまぶして揚げる場合に使われます。一方の唐揚げは、唐菓子のように必ずしも中国風を意味せず、下味をつけて揚げる場合に使われることが多い気がします。

 外食店のメニューとしてはじめて唐揚げを提供したといわれるのが、銀座・並木通りの「三笠会館」です。当初から、唐揚げの表記が採用されました。

銀座に生まれた鶏の唐揚げ

 現在は各国料理を幅広く展開している三笠会館が、東銀座の歌舞伎座前にかき氷屋を創業したのは1925(大正14)年。次第に食べ物も出すようになって規模を拡張、1932(昭和7)年には支店を出すまでに。しかし、当時は長引く不況の最中だったこともあり、経営不振に陥ってしまったそうです。

 そこで料理人総出で知恵を出し合い、考案したのが「鶏の唐揚げ」です。下味をつけた上に粉をまぶして揚げるという調理法と、からりと揚がった味と食感は、当時とんでもなく新しかったに違いありません。

 まさに起死回生の大ヒット作となり、鶏をおろす専門スタッフが常駐するほど注文が途絶えず、ついには「チキングリル三笠」に店をリニューアル。1945年の東京大空襲で本店、支店とも建物は全焼しましたが、戦後の食料危機のなかでも、唐揚げの材料だけは切らさないよう、調達に奔走したそうです。やがて鶏の唐揚げは店の看板メニューから、銀座名物と呼ばれるほどになりました。

 昭和の人々を夢中にさせたレシピは代々のシェフへ大切に受け継がれ、現在は1階のイタリアンバール「LA VIOLA」で伝統の味が食べられます。広報担当の堀田瑞江さんにくわしい作り方をうかがいました。

「三笠会館伝統の味 骨付き鶏の唐揚げ」は5ピースで税込み1100円とリーズナブル。薬味で味の変化も楽しめる。練りがらしは肉につきやすい絶妙な濃度に調整してある(画像:畑中三応子)



 使うのは、岩手県産の銘柄鶏。注文が入るたびに、丸鶏を骨つきのままぶつ切りにします。1羽でだいたい4人分、1人前5ピースに秘伝のタレを軽くからませます。このとき、決してタレをもみ込まないこと。タレは、ヒガシマルの薄口しょうゆ、隠し味程度の砂糖、焼酎のベースにゴマ油で香りづけし、キレのいい味に仕上げてあります。

目からうろこの「元祖の味」

 次に片栗粉をまぶします。このときも手のひらでぎゅっと丸めず、軽く薄くまぶす程度にし、余分はしっかり落とすこと。もんで味をしみ込ませない、丸めて固めないことで、鶏肉自体のうま味や食感がそのまま生かされます。家で唐揚げを作るとき、取り入れたいポイントです。

 衣が湿る前に素早く180度の油に入れ、ある程度表面に火が入ったら、何度か揚げ網ですくい上げて空気にふれさせながら揚げるのが、表面をからりとさせる秘訣です。

 レモンとイタリアンパセリ、白ゴマ塩、練りがらしを添え、サーブされた姿は、唐揚げの概念を超えた唐揚げといえるでしょう。胸、もも、手羽と各部位が混じっているので、どれをとっても食感が異なり、食べあきることがありません。骨つきなので軟骨や骨のまわりのおいしさも、余すことなく楽しめます。

 衣はサクサクふわり、肉は繊細でやわらかく、味つけは上品。唐揚げとはこれほど洗練された料理だったのかと、目からうろこがぽとりと落ちた元祖の逸品でした。


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