小沢健二『愛し愛されて生きるのさ』――青山学院から「渋谷系」につながる若者音楽の系譜 渋谷区【連載】ベストヒット23区(19)

人にはみな、記憶に残る思い出の曲がそれぞれあるというもの。そんな曲の中で、東京23区にまつわるヒット曲を音楽評論家のスージー鈴木さんが紹介します。


若者音楽文化の一翼を担った「渋谷系」

「ベストヒット23区」の19区目は、満を持して渋谷区です。ご承知の通り、日本屈指の若者文化の中心地で、つまりは若者音楽文化の中心地。

渋谷の様子(画像:写真AC)



「渋谷区」というと、「渋谷系」について語らざるを得ません。1990年代中盤から後半にかけて、若者音楽文化の一翼を担ったムーブメント。

 デジタル志向、タイアップ志向が強かった「ビーイング系」「小室系」が席巻していた音楽シーンに対して、(古い)洋楽好き、レコード好きが反旗を翻したムーブメントとして、当時の私(スージー鈴木。音楽評論家)には見えました。

 フリッパーズ・ギター、ピチカート・ファイヴ、ORIGINAL LOVE、カジヒデキ……など、メディアやCDショップが「渋谷系」として分類した音楽家はたくさんいましたが、個人的にひとりだけ挙げるとすれば、小沢健二です。

流行に背を向けた趣味性

「のめりこむ」という表現が大げさではないほど、1994(平成6)~1995年あたりは、毎日毎日聴いていました。特にアルバム『LIFE』(94年)は、当時の私(28歳)のバイブルのような1枚でした。

小沢健二『LIFE』(画像:ユニバーサル ミュージックジャパン)

 アルバム5曲目は『ドアをノックするのは誰だ?(ボーイズ・ライフ pt.1:クリスマス・ストーリー)』という長いタイトルの曲。曲自体も6分22秒だから、こちらも長い。

 この曲の歌詞に「ザ・1994年の渋谷区」とでも言うべきフレーズがあります。それが――「♪原宿あたり風を切って歩いてる」。

 若々しい小沢健二が、軽快な足取りで明治通りを闊歩(かっぽ)するイメージが、「ビーイング系」「小室系」全盛の中、われ関せずと、趣味性の高い音楽を量産する「渋谷系」のイメージと重なります。

青山学院大学の重要性

「渋谷系」が渋谷駅の西側(ハチ公側)のムーブメントだとしたら、駅東側の宮益坂をのぼったところに、日本の音楽史上、とっても重要なスポットが現れます。

 青山学院大学(渋谷区渋谷)――その音楽史的重要さを一言で言えば「日本の音楽史を彩ったハイカラ作曲家の輩出拠点」ということになります。

青山学院大学の外観(画像:(C)Google)



 その元祖は、浜口庫之助(はまぐち・くらのすけ)。日本を代表する作曲家にして、シンガー・ソングライター。

 特に1960年代中盤の、バタ臭いセンスとユーモアにあふれた作詞・作曲作品のきらびやかさたるや。坂本九『涙くんさよなら』、西郷輝彦『星のフラメンコ』、マイク真木『バラが咲いた』、ザ・スパイダース『夕陽が泣いている』などなど。

「青学作曲家列伝」で浜口庫之助に続くのが、ご存じ、日本作曲界のレジェンド = 筒美京平。

 彼の場合、代表曲を挙げ始めてもキリがないので割愛しますが、その功績を一言で言えば「日本のモノクロな歌謡界に、最新洋楽のトレンドを注入し続け、カラフルな色合いに転換した人」。

「青学作曲家」のスピード感

 そして、かまやつひろしも忘れることはできません(高等部卒業、大学中退)。作曲家としての黄金時代はスパイダースの頃でしょう。

 1曲挙げるとすれば『ノー・ノー・ボーイ』(1966年)。ビートルズらしさをリアルタイムで再現している、作曲家・かまやつひろしの超絶センスに驚きます。

1966年に発表された、スパイダース『ノー・ノー・ボーイ』(画像:ユニバーサル ミュージック)

 はっぴいえんどの歴史的功績ばかりが語られますが、その何分の1かでもいいので、スパイダースもちゃんと語り継がれるべきだと思います。

 とにかく、浜口庫之助、筒美京平、かまやつひろしという「青学作曲家」3人に共通するのが「洋楽トレンドを消化するスピード感」であり、このあたりが「青学作曲家らしさ」と言えるのではないでしょうか。

サザン = 渋谷区?

 そして桑田佳祐が「青学作曲家」、ひいては「青学音楽家」の真打ちであることに、異論を挟む人はいないでしょう。サザンオールスターズといえば「湘南」となりますが、実は「渋谷区」でもあるのです。

桑田佳祐率いるサザンオールスターズ(画像:WOWOW)



 桑田佳祐、原由子、関口和之、大森隆志は青山学院大学出身。レコード会社・ビクターエンタテインメントの本社は、渋谷区東。彼らが数多くのレコーディングをしたビクタースタジオは渋谷区神宮前。所属事務所のアミューズは渋谷区桜丘町と、まさに渋谷区づくし。

 さらに桑田佳祐が属していた、青山学院大学の音楽サークル「BETTER DAYS」の後輩には、ピチカート・ファイヴの小西康陽(やすはる)がいて、サザンと「渋谷系」、渋谷駅の東側と西側をつなげる線が見えてきます。

風景は変われど受け継がれる「渋谷区音楽」

 そんな背景を受けて、今回の「ベストヒット渋谷区」は、ここでまた「渋谷系」の雄 = 小沢健二に戻って、名曲『愛し愛されて生きるのさ』(1994年)にしたいと思います。歌詞の中で唐突にサザンが登場するのです。

1994年に発表された、小沢健二『愛し愛されて生きるのさ』(画像:ユニバーサル ミュージックジャパン)

「♪10年前の僕らは胸をいためて“いとしりのエリー”なんて聴いてた」という歌詞で、サザンと「渋谷系」がつながります。続く「♪ふぞろいな心は まだいまでも僕らをやるせなく悩ませるのさ」というフレーズには、『いとしのエリー』が主題歌だった名作ドラマ『ふぞろいの林檎たち』へのリスペクトが感じられます。

 つまり、まさに「ベストヒット渋谷区」、まさに「ベストヒット渋谷区音楽の歴史」。

 JR渋谷駅の駅前風景は急変に急変を続け、「渋谷系」の頃からも、全く変わってしまいました。でも渋谷区はこれからも、若者音楽の中心地としてあり続け、桑田佳祐、いや、浜口庫之助からの「渋谷区音楽の歴史」は、綿々とつながれていくのでしょう。


【画像】小沢健二がこれまで発表したオリジナルアルバムをすべて見る(6枚)

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