知られざる東京「オカルトスポット」3選――やけにヒンヤリするのは冷気か心霊現象か

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知られざる東京「オカルトスポット」3選――やけにヒンヤリするのは冷気か心霊現象か

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吉田悠軌(怪談・オカルト研究家)

夏といえば怪談。コロナ禍の2020年は、人気が少なく妙に「ひんやり」するカルトスポットへ出掛けてみるのはいかがでしょうか。東京都内のとっておきの3か所へ、怪談・オカルト研究家の吉田悠軌さんがいざないます。

暑さにも負けず、コロナにも負けず

 間もなく梅雨が明け、子どもたちの夏休みも始まって、これからが夏本番。……とはいえコロナ禍のせいで、東京在住の人は特に、張り切って各地へお出掛けできないのが悲しい2020年の夏です。

 まあ、怪談・オカルトを仕事する私(吉田悠軌。怪談・オカルト研究家)としては「皆さま、おうちでホラー映画か怪談でも視聴し、ひんやりなさってください」と言いたいところですが。いやいや、それではあまりに寂し過ぎます。

東京都内にある、あまり知られていない「心霊スポット」。あなたはご存じですか?(画像:吉田悠軌)



 今回は、なるべく人が密集しないようなスポット、それも怪談めいた「精神的ひんやり」と、実際に涼しい「物理的ひんやり」が両立するスポットを紹介しましょう。

 コロナにも暑さにも負けず、2020年の夏も堪能してくださいませ。

文京区……伝通院

 文京区小石川を代表するお寺、伝通院(でんづういん)は、その昔、若い仏僧たちが学ぶ専門学校のような役割を担っていました。

 その中でも澤蔵司(たく ぞうす)は大変優秀な学生で、わずか3年で浄土教の奥義を究めたほど。そんなあるとき、とんでもない出来事が発生。なんと、うっかり尻尾を出して寝る彼の姿が、寺の人々に目撃されてしまうのです。

 彼の正体は、狐(きつね)でした。しかも、太田道灌(おおた どうかん)が江戸城建築時に勧請(かんじょう。高僧などを迎え入れること)した稲荷社の狐というから、まあ生粋の江戸っ子狐だったわけです。

 そんな彼ですが、仏法を学ぶため人に化け、伝通院に入寮していたのだから殊勝なこと。とはいえ素性が知られたら仕方ない、と澤蔵司は伝通院を去りました。これを受けて建立されたのが、澤蔵司稲荷とされています。

澤蔵司稲荷がある文京区小石川の伝通院(画像:吉田悠軌)

 本殿脇の階段をくだっていけば、今も当時のままの霊窟「お穴」が口を開けています。小さいながらも内部はひんやり、冷気とともに「霊気」も漂っていそうな、神秘的な空間です。知人のおいなりさんマニアいわく「都内で最もパワーを感じるのが、この洞窟」とのこと。

 ちなみに澤蔵司は大の天ぷらそば好きだったそうで、修学中、毎日のように通っていたそば屋「萬盛」(文京区春日)は今でも営業中。往時をしのんで、冷たいそばを喉に通してみるのもいいでしょう。

練馬区……姿見の井戸

 練馬区高野台にある長命寺(ちょうみょうじ)を訪れたら、ぜひとも境内にある井戸をのぞき込んでください。ただ最初に言っておくと、のぞくにはちょっとした勇気が必要。もし、あなたの顔が水面に映らなかったら……残された命は長くないらしいのです。

 井戸の脇にある案内板には「顔が写れば長生きすると伝えられている」と穏やかな文章しか書かれていません。ただこれは逆に言えば、寿命の短いものの顔は反射しないということ。

 この寺は高野山とゆかりが深いので、高野山七不思議にもある「姿見の井戸」を模して作られたのだと思われます。

「姿見の井戸」がある練馬区高野台の長命寺(画像:吉田悠軌)



 オリジナルの「姿見の井戸」は正式名称が「薬井」。そこでは「自分の姿が映らなければ、3年以内に死ぬ」と、恐ろしいくらいに断言しています。

 もっとも両井戸とも、理由あっての物言いでしょう。奥底の小さな水面をのぞいてみて、自分の顔が見えないほど目がかすんでいれば体調の悪い証拠。それを基準に、体調に注意しなさいということだと思われます。

 そう、しっかり目をこらせば見えないはずがない。そう思ってのぞいてみれば、暗い井戸の底で、水面がきらりと輝いていて……。

 思わず頭をせり出すと、地下からのぼる冷ややかな空気が肌に触れます。おや、どこに顔が映っているのかな……?

世田谷区……静嘉堂文庫

 一度でいいので、静嘉堂文庫(せいかどうぶんこ。世田谷区岡本)の丘に登ってみてください。私が「都内でおすすめのパワースポットを教えてください」と質問されると、必ず紹介するのがこの場所なのです。

 国分寺崖線の下を流れる小川、その崖の上はこんもりとした森になっていて、23区内とは思えないほど清涼な空間が広がっています。

 静嘉堂とは、三菱財閥の総帥である岩崎弥之助(いわさき やのすけ)・小弥太(こやた)父子のコレクションによる、東洋の古典および古美術の収蔵施設。その美術館も、コロナ禍にめげず再開したようです。

 と、ここまで聞いたら自然と文化の施設と思われるかもしれませんが(それも全く間違ってないのですが)、私の考える静嘉堂文庫の「本質」はそこではありません。

 頂上を歩けば、この丘で最も印象的な建物が、すぐに目につくはず。日本近代建築の父ジョサイア・コンドルが設計した、岩崎弥之助のための納骨堂です。

世田谷区岡本にある静嘉堂文庫の岩崎家霊廟(画像:吉田悠軌)



 なぜ図書館・美術館の脇に墓があるのかと不思議に思うかもしれません。実は静嘉堂が建つ丘は、もともと岩崎家の霊廟(れいびょう。先祖などの霊を祭った宮)として確保された土地だったのです。

 いわばこの丘そのものが、三菱財閥の「王家の墓」といえるでしょう。さらに静嘉堂の丘では、堂ヶ谷戸(どうがやと)遺跡という、これも旧石器時代から続く遺跡および古墳が発見されています。

都内最強のパワースポット

 新旧ふたつの墓所が接する丘、そしてあの三菱財閥が「霊地」として選んだ丘なのですから、都内でも最強のパワースポットであるのは間違いありません。

 怪談めいたエピソードもひとつだけ。

 すぐ近くの砧公園(きぬたこうえん。世田谷区砧公園)脇には「手をつければたたる第六天社の森」があり、長らく開発が行われていませんでした。やむなく道路開発が行われた際、第六天の祠(ほこら)を、この丘にある「岡本八幡宮(はちまんぐう)」に勧請することでたたりを鎮めた……という歴史もあります。

 第六天とはつまり第六天魔王。非常に強力で恐ろしい存在とされますが、それを封じ込めたのだから、やはり静嘉堂の丘のパワーもまたすさまじいのでしょう。

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