なぜ女装男子がブームなのか
男性が女性の格好をする女装。近年では「女装男子」という呼び名も生まれ、テレビやネットでたびたび目にするようになりました。
マツコ・デラックスさんやIKKOさん、はるな愛さんら、2000年代後半以降テレビで引っ張りだこになったいわゆる「オネエキャラ」たちの奮闘が大きな転機をもたらし、最近では20代前後の若い男性が、より気軽にエンターテインメントのひとつとして女装を楽しんでいる様子。
バラエティー番組はもちろん、ドラマでも。例えば2019年4月期に放送された日本テレビ系「俺のスカート、どこ行った?」は、主演の古田新太さんだけでなくジャニーズの人気若手メンバーらが女装姿を披露。SNS上では視聴者たちが、
「女の私よりきれい……」
「全く違和感ない」
「なんか楽しそうだな女装」
などと大いに盛り上がりました。
なぜ今オープンになったのか
かつて女装やそれに連なるジェンダー(社会的性差)の話題は、少なからず社会から直視されずにきた問題でした。
それが一転、現状のようにオープンかつ気取らない扱いへと変化し、愛好家が続々と増えているといわれるのはなぜなのでしょう。
2020年7月1日(水)からは「女装サブスク」なるサブスクリプション(定額課金。以下、サブスク)サービスまでスタートするとのこと。毎月、自宅に女装セットが配送されて、動画で学びながら女装を始められるのが売りだといいます。
同サービスを始めるのは、新宿2丁目で女装バーなどを運営するUNI(新宿区新宿)。代表の亀井有希さんに話を聞いてみました。
社会は女装を受け入れたのか
亀井さんの女装バー「女の子クラブ」は、衣装やウィッグ、メイク道具が取りそろえられているため、手ぶらで来店してその場で女装を体験できるというのが特長。
自宅で女装して、電車を乗り継いで店まで行くのはハードルが高い、そう思う利用者たちに人気なのだとか。年代も20代から60代までと幅広いそう。
とはいえ東京・新宿2丁目まで行ける人はごく限られており、全国には「女装をしてみたいけど方法が分からない」「衣装もメイク道具も持っていないけど買いに行く勇気がない」とひとり悩む人がたくさんいるはずだと、亀井さんは考えます。
「そういう人たちに向けて始めようと思ったのが、今回の女装セット定額制サービスです。サービス開始は『女装が世間に受け入れられてきた』ことの証拠ではなく、むしろまだまだ世間からの視線が厳しいことの裏返しでもあります」
社会に対してなるべくオープンでありたいと、テレビなどの取材も積極的に受け入れている亀井さんのバーですが、「顔を映さないでほしい」と希望する客も決して少なくありません。誰にも知られず、自宅にいながらひとりきりで楽しみたい、という人にも向けての、今回のサービス開始でもあります。
なぜ「サブスク」にしたのか
通常の通販ではなくサブスクであることのメリットは、たとえ選んだ服が自分のサイズや好みに合わなくても返品・交換がしやすく、何度も何着も試しながら自分の好みや似合うものを見つけていけるところ。
「たくさんの商品の中からひとつひとつ全て自分で選ばなくてはならない通販と違って、洋服やウィッグのコーディネートから使い方までトータルエスコートできるのもサブスクならではです。特にこれから女装を始めたいという人にとっては、ある程度のナビゲートがあった方がスムーズだと思いますから」(亀井さん)
なぜ女装をしたいと思うのか
根本的な問いを亀井さんに聞いてみました。なぜ男性は女装をしたいと思うのでしょうか。
「ひとつは変身願望です。そして、男性から女性(または女性に近い存在)へという振れ幅の大きい“変身”を体験することによって、ストレス発散にもなっているのだと思います。女装をすると皆さん、言葉遣いや所作まで変わってしまうんです。日常ではなかなか味わえない体験なのでしょう」
亀井さんは世の男性にこう呼び掛けます。
「皆さん人生で1回くらいは、女装を試してみてもよいのではないでしょうか。ほんの一瞬、普段の自分とは違う人生を味わう体験は、新しい価値観や視点をもたらしてくれるかもしれません」
そして、そんな体験をする人が増えることによって、女装がより受け入れられやすい社会へと変わっていけば、とも願っているのです。
本当に女装男子は増えたのか
そして、もうひとつの疑問、「女装男子はなぜ今増えているのか」。
かつて「女装男子」という呼び名などなく、世間からひとくくりに「ニューハーフ」と称されていた時代からこの業界を見てきた女装専門美容家・保志エリカさんにもお話を聞きました。
保志さんは、「今になって急激に女装好きな男性が増えているわけでは決してなく、以前から潜在的な願望を持つ人はいたのです」と指摘します。
しかし、それを表現したり表明したりすることを、世間が受け入れてこなかったのだ、と。
テレビの人気バラエティー番組などで女装メイクを手掛ける保志さんは、百貨店の美容部員などを経て2011年に女装メイクのサービス業を開始。新宿区新宿に構える店には、医師や官公庁の職員などまじめで高学歴な男性も数多く訪れるといいます。結婚し、子どももいるけれど家族に隠し通している、という人も。
プロの手によるメイクを施され、好きな洋服に身を包み、鏡に映った自分の変貌(へんぼう)ぶりを見て、思わず泣き出してしまう男性もいるのだとか。
「もっと若いときに、肌ももっときれいなときにこうしたかった」という彼らの言葉を聞くとき、保志さんは女装男性たちが味わってきた肩身の狭さを思わずにはいられません。
社会とどう向き合っていくか
ただ一方で、社会の価値観が変わり「女装」がひとつのジャンルとして認知されるようになってきた今も、「わざわざ表舞台に引っ張り出されたくない、そっとしておいてほしい」と考える男性がいるのも事実。
「当然ですが、考え方は皆さんそれぞれです。自らオープンにできる人もいれば、隠し通すことも楽しみのひとつと捉える人もいる。またひと口に『女装』と言っても、完璧に女性になり切りたい人、女性の服を着るだけで満足という人など、本当にさまざまです。女装はひとりとして同じ嗜好(しこう)の人はいない、と言われるほど」
そうしたひとりひとりの「ありたい姿」が受け入れられる社会が理想としつつ、女装する男性たち側にも気に掛けるべきことはあると、保志さんは考えます。
例えば親子連れや友人グループで混雑する休日昼間の電車内。極端で奇抜な女装ファッションをする男性の姿を見つけて、思わずジロジロ視線を向けてしまった経験がある人もいるのかもしれません。
「社会とはさまざまな価値観、考えを持つ人たちが共に生きていく場ですから、『自分はこうありたい』という権利だけを主張することはできません。女装する男性たち自身も、TPO(時間・場所・目的)に合わせた服装や身ぎれいにすることについて、より意識を傾けていった方がよいのではないかと考えています。そうすることによって、社会の見る目ももっと変わっていくのではないでしょうか」(保志さん)
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それはおそらく、女装に限った話ではないのでしょう。
個々人の趣味嗜好(しこう)は細分化し、社会は多様化したと言われて久しい現代ですが、その多様性を担保するための「寛容さ」はどうでしょうか。
人と人との意見が真っ向から対立する場面は、例えばツイッターなどのSNSでもしばしば見受けられます。匿名ゆえ言葉が先鋭化し、議論さえ成立せず物別れに終わることも。
異なる価値観が対峙(たいじ)するとき、歩み寄る手段は片方だけにではなく双方に託されているはず、というのは、保志さんが指摘する通りです。
共感まではせずとも受け入れ合う、そして、受け入れられやすい方法とは何かを模索する――。そうした振る舞い方を示唆しているのが、今風のライトでオープンな「女装男子」なのかもしれません。