創業200年 人形町の刃物店が教える「包丁との上手な付き合い方」
料理の見た目だけでなく、味わいも左右する包丁。人形町にある老舗刃物店、うぶけやの店主で研ぎ職人歴42年の矢崎 豊さんに包丁との上手な付き合い方について教えてもらいました。包丁の切れ味は、見た目だけでなく味わいにも影響 日本に流通している包丁には、大きく分けて和包丁と洋包丁があります。単一鋼材でできた洋包丁(西洋包丁)は明治維新の頃に伝わり、第二次世界大戦後に急速に普及したのが、錆びにくいステンレス製の洋包丁でした。しかしそれらは、日本刀を原型とする、鋼(はがね)と地金を打ち合わせて作った和包丁に「切れ味」では劣りました。 人形町にある創業1783年の刃物店、うぶけやの外観(2019年6月、宮崎佳代子撮影) その理由について、刃物製造を伝統産業とする堺の刃物問屋、和泉利器製作所(大阪府堺市、創業1805年)代表の信田(しのだ)圭造さんは、「和包丁は材料の持ち味を活かしながら、見た目も美しい料理に仕上げることを目的に『切れ味』を重んじて作られてきました。対する洋包丁は、煮込み料理の多い西洋で、断面を綺麗に見せるより、いかに効率的に材料が切れるかということに重点を置いて製造されてきたことからです」と解説します。 今ではステンレスの品質がかなり向上しましたが、切れ味を重んじるプロの料理人は、今も鋼と地金の「合わせ打ち」や「本焼き(刃金全体が鋼)」の和包丁を使う人が多いそうです。これらの昔ながらの和包丁は錆びやすいのが難点で、信田さんによると、家庭用にはステンレスの洋包丁を購入する人の方が多いとのこと。 料理の見た目だけでなく、味わいも左右する包丁。どううまく付き合っていったらいいのでしょうか。人形町にある老舗刃物店「うぶけや」(中央区日本橋人形町)を訪ね、店主の矢崎 豊さんに教えてもらいました。矢崎さんはうぶけや8代当主、研ぎ職人歴42年です。 うぶけや創業(1783年)の地は大阪で、東京(江戸)に出店したのは1800年代始めのこと。それは、町人文化のもと、江戸で寿司、天ぷら、そばといった料理が発展を遂げ、見栄えをよくするための「飾り包丁」の技法や料理技術の飛躍的向上により包丁が細分化した時期と重なります。 「当時、道具や包丁の職人は上方に集まっていたんですよね。でもそれらを売るとなると、一大消費地は圧倒的に江戸。そこに目を向けて江戸に店を出したのだと思います」(矢崎さん) 東京が大阪に先んじたのは、洋包丁の製造でした。しかし、戦後に誕生したステンレス製包丁におされ、個人経営者の多かった東京近郊の刃物製造者は、「ここ30〜40年でめっきり少なくなりました」と矢崎さんはいいます。後継者不足や地価の上昇などもその要因となったようです。 東京に刃物店が少なくなっていくなかで、生き残ったうぶけや。「いろんなアイテムを扱ってきたのと、『職商人(しょくあきんど)』という業態をとって、商品販売だけでなく、メンテナンスや加工も行う昔ながらの商売を続けてきたことが今日に至る理由と思います」と語ります。 包丁の切れを長持ちさせ、錆びないようにするには?包丁の切れを長持ちさせ、錆びないようにするには? 昔ながらの木造建築で、老舗の風格漂ううぶけやの店内には、ハサミや包丁、毛抜きなど数多くの商品がずらりと並んでいました。引き戸で仕切られた店の奥に研ぎ場があり、ここで包丁やハサミの砥ぎや刃付け、修理を行っています。 砥石で包丁を研ぐ矢崎さん(2019年6月、宮崎佳代子撮影) 矢崎さん曰く、包丁を長持ちさせ、錆びないようにするには、以下の注意が必要だそうです。 1.使用中はこまめに拭く。 2.使用後は洗剤を使ってよく洗う。 3.洗った後に熱いお湯をかける(水切れがよくなるため)。 4.乾いたふきんで水気を完全に拭き取る。 5.刺身包丁など、たまにしか使わない和包丁は、酸化しにくい油(椿油、エクストラバージンオリーブオイルなど)を刃全体に薄く塗り、紙に包んで湿気の少ない場所にしまっておく。 包丁は使っているうちに切れなくなってくるため、和包丁だけでなく洋包丁も定期的に砥石で研ぐことが必要です。しかし、下手に砥石を使って研ぐと、かえって包丁の切れが悪くなってしまうというのはよく知られるところ。うまく研ぐにはどうしたらいいのか矢崎さんに聞くと、「これだけはとにかく慣れです」との答え。 「包丁1本無駄にするくらいの覚悟でまず自分で研いでみて、失敗して余計に切れなくなったら、専門店に持っていって研ぎ直してもらう。それでまた切れなくなった時に、研ぎ方を改めて挑戦してみる。そうしているうちに、砥ぎ慣れていくと思います」(矢崎さん) 包丁をだめにしたくないという人には、「シャープナーが簡単に研げておすすめ」とのこと。ただし、切れ味は砥石には劣ります。 一番いいのは、やはり刃物店に砥ぎに出すことといえるでしょう。ただし、腕の確かな職人にやってもらわないと、すぐに切れなくなったり、包丁の状態を悪くしてしまうそうです。矢崎さんに、錆びた包丁を研ぐ工程を見せてもらいました。 よく切れる包丁で玉ねぎを切ると、涙が出にくい 矢崎さんが包丁研ぎで大切にしているのは、「切れ味」と「綺麗さ」に、熟練職人ならではの心配りも。「包丁の状態を見れば使い方のクセがわかるので、それに応じて厚めに研いだり、薄くしたりして、持ち主が使いやすいように研ぐようにしてます」といいます。 研ぎ場にあるのは、小さめの回転研磨機4台と、直径約75cmの大きな丸砥石2台(回転式)。段差のある、1畳くらいの手仕上げ用スペースの横には、長方形の砥石がいくつも積み重ねられていました。 研ぎ場にある大きな丸砥石を整備する様子(2019年6月、宮崎佳代子撮影) まず、前日に使ったふたつの丸砥石を丁重に叩きながら整備。これが毎朝のルーティーンだそうです。この丸砥石を使い、錆びた包丁に荒研ぎと中研ぎをします。 回転する丸砥石に刃を当てながら、その振動に合わせてリズムを刻むように手を動かし、途中で刃返り(刃のざらつき)具合や刃の形状を確認。包丁の峰(背)の部分も錆びていたため、こちらは小さめの回転研磨機で研ぎ、最後に手仕上げ用スペースで長方形の砥石を複数使い分け、仕上げていきます。 見事に錆びが落ち、綺麗に研ぎ上がった包丁は、見るからに切れがよさそう。矢崎さんの砥ぎの細やかさを見て、腕のいい職人さんに研いでもらうのは、間違いなく包丁を長持ちさせる秘訣と思いました。 野菜や刺身をよく切れる包丁で切ると、味が違うと感じたことのある人は多いことでしょう。これは、断面の美しさに伴う食感のよさに加え、食材の細胞を破壊しないため旨みが損なわれず、味わいが違ってくるのです。 記者にそう教えてくれた、和泉利器製作所の信田代表(前出)に「よう切れる包丁使って玉ねぎ切ったら、細胞が壊れへんから涙がでえへん。試してみ」と言われ、買ったばかりの堺打刃物(堺の伝統工法で作られた和包丁)の三徳(さんとく)包丁で試してみました。すると、確かに涙が出ませんでした。 玉ねぎは細胞を傷つけることで、催涙を促す成分が出てくるのですが、切れる包丁は細胞を壊さないため、涙が出て来ないのだそうです。また、食材の細胞を壊すか壊さないかで、栄養価も変わってきます。 包丁は使うほどに手に馴染んでくるもの。いい付き合い方をして切れ具合を保ち、美味しくヘルシーに料理をいただきたいものです。うぶけやでは、自社製品でない刃物の砥ぎも受け付けています。 ●うぶけや ・住所:東京都中央区日本橋人形町3-9-2 ・営業時間:09:00〜18:00(土曜17:00) ・定休日:日祝 ・アクセス:各線「人形町駅」A3〜5出口から徒歩約5分、半蔵門線「水天宮前駅」から徒歩約7分
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