周囲わずか8.7km、聖と俗が交錯したかつての流刑地「八丈小島」をご存じですか【連載】東京無人島めぐり(2)

東京都内に330もある島――その中でも無人島の歴史についてお届けする本連載。2回目となる今回の島は「八丈小島」。案内人は、ライター・エディターの大石始さんです。


50年前まで生活の匂いがあった

 海洋性亜熱帯気候の島、八丈島から北西へ約7.5km。黒潮が流れ込む大海原のなかに、八丈小島(はちじょうこじま)という無人島が浮かんでいます。

 周囲わずか8.7km。八丈島から眺めると、とても人が住めるとは思えないような断崖絶壁のこの孤島には、1969(昭和44)年まで30世帯93人の島民が暮らしていました。

八丈小島(画像:写真AC)



 江戸時代、この島には鳥打と宇津木というふたつの集落が置かれ、最盛期には500人ほどの住民が住んでいたといいます。

 島民たちは海でタイやイサキなどの魚介類を取り、畑でカンモ(サツマイモ)やアシタバを育てて食料としました。平坦地が少ないため農作物の種類も限られ、島民は少なくとも一日一食は芋類を主食としていたそうです。

 初夏にとれるテングサは貴重な収入源になったといいますが、あくまでも副収入。主な産業といえるものはほとんどなく、島民たちは自分たちが食べるものを作るだけの自給自足的な生活を送っていました。

漂流民や流人を供養する祠も

 そんな八丈小島もまた、伊豆諸島の他の島同様にさまざまなドラマの舞台となってきました。

 島では平安時代後期の武将・源為朝(みなもとのためとも)が自決したという伝承が伝えられてきたほか、八丈島同様、流刑地とされたことから、各地からの流人たちが島へとやってきました。

 ただし、流人のなかには島民を手を組んで畑仕事や酒造りに精を出し、刑期を終えても島に残るものもいたとか。

八丈島から見える八丈小島(画像:写真AC)

 漆原智良『ふるさとはヤギの島に 八丈小島へ帰りたい』(あかね書房)によると、島には現在も漂流民や流人を供養するための祠(ほこら)や墓地が残されており、長年にわたる流人と島民の交流がしのばれます。

昭和まで生きていた民間信仰

 また、八丈小島には古来からの風習も伝えられてきました。『ふるさとはヤギの島に 八丈小島へ帰りたい』から抜き出してみましょう。

「小さな小さな島だけど、島には島だけの風習が残っていたんです。例えば、小島では女性を大事にするために、他火小屋(女性が出産時や生理の時などに休む場所)という小屋を作り、赤ちゃんが生まれる前後は、そこで休ませてあげていた。また、人が亡くなると土葬にし、死後七年たつと、死者の墓を掘りかえし、その骨をあらためて供養し、魂を宇宙に送り届けてあげたりするんですよ」(漆原智良『ふるさとはヤギの島に 八丈小島へ帰りたい』)

 ここでいう「他火小屋」とは「女性を大事にするため」のものというより、お産と月経を不浄のものとするケガレ意識から生まれたもの。

1998年に発表された漆原智良『ふるさとはヤギの島に 八丈小島へ帰りたい』(画像:あかね書房)



 同様の風習は他の地域でも見られるものですが、そうした民間信仰が八丈小島にも伝わり、昭和に入ってからも継承されてきたのです。

漂流民や流人を供養する祠も

 また、八丈小島には「バク」と呼ばれる風土病があり、明治時代には島民の半分がバクにかかったといいます。

八丈小島の航空写真(画像:国土地理院)

 この風土病は蚊を媒介して体内に潜入したフィラリアの一種(マレー糸状虫)が増殖することで発症するもので、八丈小島はこの風土病の日本で唯一の流行地でもありました。

 のちに予防薬が開発されたことでバクが流行することはなくなりましたが、流行の遠因は島民の原始的な生活にあったともいわれています。

集団離島で残されたヤギが野生化

 八丈小島は流水や地下水がないことから、飲料水や生活用水はすべて雨水を貯水タンクにためて使用していました。日本が高度経済成長期に入り、急速な経済発展を遂げるなかでも島民たちはほぼ自給自足の生活を続けていました。

 1966(昭和41)年になると島民たちは離島に向けた請願書を東京都へ提出。1968年には3.3平方メートル・93円で東京都に買い上げられることになり、昭和44年には住民の集団離島が行われました。

人のいなくなった八丈小島のイメージ(画像:写真AC)



 東京の都心部が巨大なビル街に一変し、郊外が日に日に拡張していくなかで、伊豆諸島の小さな島から人の気配がひっそりと消えていったのです。

 現在の八丈小島は、旧島民や釣り客、無人島マニアが時々訪れる程度。かつては集団離島の際に残してきたヤギが野生化していましたが、現在では駆除されています。

 自然環境も回復し、人々がやってくる前の静かな無人島の姿を取り戻しています。

●参考文献
・漆原智良『ふるさとはヤギの島に 八丈小島へ帰りたい』(あかね書房)
・松平信久「全村離島とその住民意識 経済成長期初期における一島嶼の事例から」(立教大学文学部教育学科研究室)


【地図】周囲わずか8.7km、小さな小さな無人島「八丈小島」をチェックする

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