なぜか知られていない、浅草寺近くに眠る身の毛もよだつ「老婆」とは

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なぜか知られていない、浅草寺近くに眠る身の毛もよだつ「老婆」とは

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吉田悠軌

怪談・オカルト研究家

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人々の憩いの場となる公園や、池。しかしそうした場所には、おどろおどろしい怪談話が語り継がれていることも。怪談・オカルト研究家の吉田悠軌さんが東京都内のスポットへあなたをいざないます。

荒れた地に建つ、1軒の小さな小屋には

「不要不急の外出を自粛してください」

 新型コロナウイルスの猛威が広がるなか、1日に何度も耳にする言葉です。

 とはいえ、野外での運動もしなくては、逆に健康も崩します。人と人との社会的距離が保たれた広い空間であれば、危険度もある程度は下がるでしょう。政府の専門家会議も「ひとりや少人数での散歩は感染のリスクが低い」と助言しています。

 そう、今出掛けるべきスポットは「公園」。それも、広場で遊ぶ子どもたちの邪魔にならないような「池のほとり」がいいのではないでしょうか。怪談好きの私(吉田悠軌。怪談・オカルト研究家)がオススメする、不思議な伝説の残る「公園」の「池」を紹介していきましょう。

●姥ケ池
 東京を代表する観光スポットのひとつ、浅草寺(台東区浅草)。しかしそのすぐ近くに、おどろおどろしい怪談スポットがあることはあまり知られていません。

大量殺人鬼の老婆の伝説が残る、台東区花川戸の姥ヶ池(画像:吉田悠軌)



 浅草寺の付近は「浅茅ヶ原(あさじがはら)」と呼ばれていました。奥州への街道沿いではありますが、当時は通行量も少なく、辺りは小屋1軒しかないような荒野だったとか。

 日が暮れてしまえば、道ゆく旅人は、その小屋に住む老婆から宿を借りるしかありませんでした。しかし老婆の正体は、恐ろしい鬼婆(おにばば)だったのです。鬼といっても妖怪の類いではなく、今でいう大量殺人鬼のほう。なにしろ寝静まった旅人の頭に大石を落として、次々と惨殺していったのですから……。

カップルを破局へ導く女幽霊のうわさ

 福島県の「安達ヶ原の鬼婆」は有名ですが、東京の中心部にもそんな鬼婆伝説があったのです。その舞台となったのが、浅草寺と墨田川の中間にある「花川戸公園」(台東区花川戸)。

 999人もの旅人を殺した鬼婆でしたが、最後は自分の娘を間違えて殺してしまい、嘆きのあまり姥ヶ池(うばがいけ)に入水(じゅすい)したとされます。現在は近代的な公園に改装され、昔の面影を残すのは、この池だけです(それも人工的につくられた池ですが)。

 普段ならこの周辺は外国人観光客でごったがえしていますが、ここ最近は人出も多くないでしょう。むしろ今こそが訪問のチャンスと言えるかもしれません。

 ちなみに浅草寺には殺人に使った石枕が保存されているそうですが、公開はされていないとのこと。

●井の頭公園
 明治神宮・清正井や目黒不動尊がパワースポットとして人気なのは、そこが湧水地だからでしょう。生活する上で最重要の「水」が湧く地点とは、昔から人々に崇拝される神の土地なのです。豊富な水源のため縄文時代より人々が集まる「井の頭公園」は、良くも悪くも心霊譚(たん)が絶えない場所でもありました。

男女のカップルを狙う女幽霊の怪談がある井の頭公園(画像:吉田悠軌)



 この公園をカップルで歩いていると、白いワンピースを着た首なし女の霊が出るという怪談があります。女は池の中から出てきては、ひきずり込もうとするかのように、こちらに手招きしてくるのです。

 たいていの場合、恐怖にかられた男がひとりで走りだし、彼女を置き去りにしてしまいます。女性の方も無事に逃げられるけれど、もちろん恋人の仲はそこで破局。女幽霊の目的とは、公園でデートする男女を別れさせることにあったのです……。

 という、恐ろしいながらもちょっと笑えるオチがつく怪談です。これは「井の頭公園のボートにカップルで乗ると別れてしまう」という都市伝説ともリンクしているでしょう。

悲運の死を遂げた父娘の物語が残る池

 湧水地であるこの池には弁財天が祭られています。弁財天のルーツは地下水脈の神サラスヴァティで、嫉妬深い女神としても有名。つまりここの弁財天とは、池で遊ぶ恋人を嫉妬のあまり別れさせてしまう、はた迷惑な女神さまなのです。

●石神井公園
 遊園地「としまえん」が閉園するとのニュースは、皆さんご存じでしょう。同敷地の一部は今後、「練馬城址公園」として活用されるとのこと。これらふたつの名称は、かつて一帯を支配していた領主・豊島氏の練馬城があったことに由来します。

 戦国武将・太田道灌(おおた どうかん)によって攻め滅ぼされた豊島氏ですが、その戦いの決着点が石神井城。今でいう「石神井公園」です。だからここには、豊島氏滅亡にまつわる悲しい怪談が多くささやかれているのです。

 落城に際して、豊島氏の当主・泰経(やすつね)は家宝「金の鞍(くら)」を乗せた白馬にまたがり、三宝寺池へと飛び込みました。そんな父の死にざまをみた娘・照姫もまた、悲しみのあまり池に身を投げたのです。そんなふたりを弔うため、石神井公園内には「殿塚」「姫塚」が置かれています。

 しかし600年以上たった現在も、三宝寺池には、古い装束に身を包んだ女の亡霊が出没するらしいのです。女は池に身を沈める時もあれば、水面に浮くようにしてたたずんでいる時もある。それはもしかして、照姫の怨霊なのでしょうか……。

石神井公園内に置かれている「姫塚」。「殿塚」もある(画像:吉田悠軌)



 と、ここまで言っておいてなんですが、こうした伝説は史実ではありません。

 石神井城の戦いで豊島泰経は死んでいませんし、照姫なる人物もおそらく実在していません。照姫伝説は明治の歴史小説が元ネタですし、殿塚・姫塚もそれぞれ大正・昭和に入ってから史跡認定されたものです(姫塚にあたる塚は、もともと三宝寺の住職・照日上人の墓所だったとの伝承もあります)。

 ただ、石神井公園の池には昔から、「大蛇」や「竜」がすんでいるといった怪物伝説が多く残されています。実は1993(平成5)年という近年にも、似たようなケースの都市伝説が発生しているのです。

1993年、石神井公園を襲った「ワニ」のうわさ

 その年の夏、石神井公園管理事務所に「公園の新池でワニを見た」という情報が寄せられました。新池は三宝寺池と位置はずれますが、水源としては同じもの。8月5日、事務所側が情報公開して調査したところ、さらに何人もの目撃者が出たところから騒ぎが拡大。「ワニ注意」の看板を出し、馬肉による捕獲作戦を行い、それをまた新聞やテレビが面白おかしくはやし立てました。

「ワニ騒動」について伝える当時の新聞(画像:吉田悠軌)



 しかし233万円もの資金をついやしたものの、ワニは捕獲されるどころか、目撃報告もピタリと無くなり、調査は終結。「石神井公園のワニ」は現在では、見間違いやデマから発生した都市伝説だと結論づけられています。しかしこの土地にまつわる怪物伝説と照らし合わせてみれば、かなり興味深い騒動だったと言えるでしょう。

 まだまだ新型コロナウイルスの広がりは続きそうです。不安からギスギスした精神状態になりがちですが、ほんの少しだけ怪談という「あちら側」に思いをはせながら、ひとりで公園を歩き、池のほとりにたたずんでみるのも、よいのではないでしょうか。

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