キャンディーズ『アン・ドゥ・トロワ』――伊藤蘭から続く、文化的気品漂う「日芸美女」の系譜 練馬区【連載】ベストヒット23区(14)

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キャンディーズ『アン・ドゥ・トロワ』――伊藤蘭から続く、文化的気品漂う「日芸美女」の系譜 練馬区【連載】ベストヒット23区(14)

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スージー鈴木

音楽評論家。ラジオDJ、小説家。

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人にはみな、記憶に残る思い出の曲がそれぞれあるというもの。そんな曲の中で、東京23区にまつわるヒット曲を音楽評論家のスージー鈴木さんが紹介します。

『ど根性ガエル』の中の練馬

 大阪生まれ・大阪育ちの私(スージー鈴木。音楽評論家)が、練馬区の存在をうっすらと知ったのは、TBS系で放映されていたアニメ『ど根性ガエル』だったかと思います。1972(昭和47)年10月から1974年9月までの放送。私が幼稚園から小学校2年生の頃。

 練馬区の石神井公園(練馬区石神井台)あたりが舞台で、東京には「練馬」(ねりま)や「石神井」(しゃくじい)という変わった地名があるんだなぁと、子ども心に思ったものでした。

練馬区旭丘にある江古田駅の外観(画像:(C)Google)



『ど根性ガエル』が終わった1974年の秋、生まれて初めて手にとった漫画誌『少年チャンピオン』(秋田書店)で、私は衝撃的な漫画に出会います。

『がきデカ』――1970年代後半を席巻した、めっぽうラジカルでとことんエロチックな漫画の記念すべき第1回が掲載された『少年チャンピオン』を、奈良の親戚を訪れた帰り道、親に買ってもらったのです。

 その『がきデカ』に唐突に出て来るのが、「練馬変態クラブ」なる、ブリーフ1枚の姿で突如ポーズをとりながら現れる3人組。幸福な形かどうかは分かりませんが、「練馬変態クラブ」によって私は、「練馬」なる地名をはっきりと認識しました。

「ベストヒット練馬区」の選定に向けて、これらふたつの漫画作品から聞こえてくる音楽を思い起こすと、まず『ど根性ガエル』からは、日本テレビ系で放映された『新・ど根性ガエル』(1981~1982年)の主題歌、とんねるず『ピョン吉・ロックンロール』。

 木梨憲武と、隣の板橋区出身・石橋貴明が歌うこの曲は、1981(昭和56)年8月の発売。作詞・作曲は、当時人気絶頂の横浜銀蝿。

『恐怖のこまわり君』を知っていますか

『がきデカ』からはいよいよマニアックですが、葡萄畑(ぶどうばたけ)というバンドが歌った『恐怖のこまわり君』(1975年)でしょう。「こまわり君」とは、『がきデカ』の主人公。ラジカルでエロチックな「少年警察官」。

葡萄畑のアルバム『SLOW MOTION』(画像:ユニヴァーサルIMS)



 これ、「一発屋」のニオイがぷんぷんしますが(オリコンでは売り上げ枚数1万枚なので「ゼロ発屋」?)、葡萄畑のアルバム『SLOW MOTION』(1976年)は、ムーンライダーズの鈴木慶一をして「私たちの20年の歴史のなかでたった1度だけ、先を越されたと思いしったアルバム」と言わせしめた名盤でした。

江古田駅近くにいる文化的な美女たち

 練馬区の地図で、南西の方向に目を移すと、西武池袋線江古田駅近くに、なじみのある名前の大学があります。

「日本大学芸術学部」(練馬区旭丘)、通称「日芸」。

練馬区旭丘にある日本大学芸術学部のキャンパス(画像:(C)Google)

 代表的な出身者は、高田文夫、三谷幸喜、爆笑問題、宮藤官九郎、吉本ばななと来ますから、言ってみれば「サブカルの巣窟」みたいな大学です。

 しかし、今回着目するのは、そんなサブカル臭の強い日芸OB・OGの中で、麗しくかれんに咲き誇る「日芸美女」の系譜です。写真学科の大塚寧々、演劇学科の本仮屋ユイカ、放送学科の近藤サトなど。

 美女ですが、単なる美女ではなく、薄っすらと文化的な気品が漂う感じが「日芸美女」の魅力と言えます。そして今回フィーチャーするのが、そんな「日芸美女」の代表格。クイーン・オブ・日芸美女――伊藤蘭(音楽学科ではなく演劇学科)。

 1955(昭和30)年1月生まれ。日本大学第二高校(杉並区天沼)を卒業して日芸に進学したようなので、ストレートで入ったならば、1973(昭和48)年4月に入学になります。キャンディーズのデビューは同年の9月ですから、驚くなかれ、そのときにもう大学生だったのです。

「大人」のキャンディーズを感じる一曲

 ちなみに山口百恵も、キャンディーズと同じく「73年組」なのですが、年齢は伊藤蘭の四つ下で、当時中学3年生。ということは「花の中三トリオ」 = 桜田淳子、森昌子も四つ下。1970年代中盤のアイドル全盛時代の中で、伊藤蘭がいかにお姉さんだったかということになります。

 自分の妹のような世代と競わされるのは、どんな気分だったのでしょう。所属事務所の渡辺プロダクションは、その年齢差をさらに強調する戦略に出ます。渡辺晋社長は、作詞家・喜多條忠(きたじょう まこと)に「キャンディーズを大人にしてやってくれ」と依頼。

 そうして生まれた、「作詞:喜多條忠、作曲:吉田拓郎」によるキャンディーズ楽曲を、今回の「ベストヒット練馬区」とします。『やさしい悪魔』(1977年)も捨てがたいのですが、ここはやはり、同年の『アン・ドゥ・トロワ』でしょう。

キャンディーズが1977年に発表した15枚目のシングル『アン・ドゥ・トロワ』(画像:(P)2008 Sony Music Direct(Japan)Inc.)



 山口百恵や桜田淳子、そしてこの年に人気爆発したピンク・レディー(伊藤蘭の三つ下)と差別化する、上品で流麗で、まさに「大人」の曲。特に、吉田拓郎による技巧的なメロディーとコード進行は、キャンディーズと、そのセンターで歌う伊藤蘭の新しくアダルトな魅力を引き出したのです。

 1977年7月、日比谷野外音楽堂で「普通の女の子に戻りたい!」と泣いた伊藤蘭の本心は、「朝から毎日、練馬区江古田に通う普通の日芸生に戻りたい」ということだったのかもしれません。

 しかし皮肉にも「女の子」ではなく「大人」の歌を歌うことで、人気が大爆発。翌1978年4月の後楽園球場でのキャンディーズ解散コンサートは、社会現象にまでなりました。

 そして伊藤蘭は2019年、41年ぶりに歌手として再デビューし、ステージに立ったのです。2020年は全国9会場のコンサートツアー。41年ぶりという時差を忘れさせる麗しい立ち姿から立ち込めるのは、まさに「日芸美女」ならではの文化的気品なのです。

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