南青山の小さな美容室が「真冬の店外」でヘアカットを始めたエモすぎる理由

  • おでかけ
南青山の小さな美容室が「真冬の店外」でヘアカットを始めたエモすぎる理由

\ この記事を書いた人 /

アーバンライフメトロ編集部のプロフィール画像

アーバンライフメトロ編集部

編集部

ライターページへ

お店の外で髪を切ってくれる美容室が、港区南青山にあるそうです。真冬に外でのヘアカット、試してみたくなりました。

気温6度・小雨……絶好の「外カット」日和?

 出不精で寒がりの人間には、とかく億劫な季節がやってきました。

 いかんせん寒い。できることなら、出勤はおろか外出どころか布団の外へだって一歩も出たくないというのがここ数日間の本音ですが、よりによってこの季節に屋外で髪の毛をカットする美容室が南青山にあるそうです。なんで真冬にわざわざ外に出て髪を切るのか――。出不精・寒がり代表としてその理由を知りたくなり、家を出ることにしました。

緑の植木鉢に囲まれながら、真冬の店外で髪を切る。はたから見ると、けっこうシュールな光景かもしれない(2019年12月17日、美容室「PiNCH 南青山店」店員さん撮影協力)



 2019年12月17日(火)。予約が取れた日の東京は、昼の11時になっても気温が7度に満たない冬でした。おまけに小雨まで散っていて、翌日18日なら最高気温18度のぽかぽか陽気だったのにと出だしから億劫気分が顔を出します。

 目指す美容室は「PiNCH(ピンチ) 南青山店」。東京メトロ表参道駅A5出口から通り沿いにまっすぐ東へ歩いて、根津美術館前の信号を渡ってから右に折れると、ひとつめの路地を入ったところにその店はあります。

店の入り口脇にあるカットスペース

「いらっしゃいませ。いろいろ質問は後で受けますから、まずは『アウトドアカット』を始めていきましょうか」

と話すのは、同店を含め計2店の美容室を経営する社長の吉田明弘さん。カットを担当してくれるのは、同店のヘアメイクデザイナー梅村亮大(りょうた)さんです。どうカットしてほしいかという簡単な希望を伝えてから、いざなわれるままさっそくお店の外へ。

 お店の入り口脇にあるタイル敷きの一角が「アウトドアカット」のためのスペースです。店内と同じ背もたれ付きの上下式チェアが1脚と、温かい飲み物を置くサイドテーブルがひとつ。

 椅子に腰を下ろすと、すぐさま分厚いダウンコートを着せてくれました。本格的な冬山登山にも使われるような防寒性の高いダウンです。さらに足元には2台の電気ヒーターが投入されて、ぬくぬく。寒さの心配はかなり和らぎ思わずホッとしました。

「外でのカットは、お客さんが冷えを感じずに済む時間内に収めています。だいたい10分ぐらいでしょうか」(吉田さん)

 なるほど、寒さ対策は万全です。しかしそれならなおさらに、なぜ外で髪を切るのか理由が分からなくなってしまいました。

鏡なし。美容師さんを信じて、委ねてみる

 ともあれへアカットがスタートします。

 吉田さんいわく、この「アウトドアカット」を行っているのは少なくとも東京都内では同店だけ。びっくりしたのは、美容室にとってハサミと同じくらい欠かせないはずの「鏡」が席に設置されていないことでした。

 鏡がないので、視界に入るのは店頭に並ぶグリーンの植木鉢と前を通る小道、向かいのおしゃれブティック、やみそうでやまない雨の寒空、ときどき美容師の梅村さん。

 とてもシンプルな情報量で、ぼんやり過ごしても良し。梅村さんとおしゃべりしても良し、です。

 事前に希望のカットを伝えているとはいえ、どんな仕上がりになるのかは最後の手鏡チェックまでお預け。普通の美容室で普通にカットしてもらうのだったら「鏡がないなんて、あり得ん」と思いそうなものですが、何せここは真冬の屋外。文字通りアウトドアレジャーに来たような感覚です。経験のない変わったシチュエーションで、思いきって美容師さんに委ねてみるかという気持ちになるから不思議です。

アウトドアカットの様子を、店の前の通りから見たアングル。そこまで悪目立ちしていないかもしれない(2019年12月17日、美容室「PiNCH 南青山店」店員さん撮影協力)



 ちなみにアウトドアカットにはほかに2点の「特典」が付くそうです。

 ひとつは、カット中のBGMに好きな曲をリクエストできること。ほかのお客さんが何人もいる店内では自分の好きな曲を流してもらえるなんてまずありませんが、なにせここは屋外ながらもプライベート感ただよう個別空間。お客さんから最近よくリクエストされるのは「クリスマスソング集」だと聞いて、同じものをお願いすることにしました。

 洋楽を中心にクリスマスの名曲が次々流れるのを聞くとは無しに聞いていると、さっきまでちょっと憂鬱だった曇天にもどこか師走の風情を感じて、「ああ、2019年もまずまず頑張ったような気がする」などと月並みな感慨が浮かんでは消えていきます。ときおり前の通りを行き来するおしゃれブティックの店員さんに対しても、髪を切られながらほほ笑み会釈するという、「ささやかな大胆さ」が芽生えてくるのでした。

 もうひとつの「特典」は、カットの後のヘッドマッサージ。ヘアケア専門の女性スタッフが頭皮をみっちりマッサージしてくれます。街の美容室でときどき出くわす甘ったるい香りのシャンプーとは違って、シナモン・ジンジャー・ブラックペッパーが入ったスパイシーで刺激的な香り。ちなみにヘッドマッサージとシャンプーは、さすがに外ではなくて店内のシャンプー台で行われました。

ほんのささやかな「非日常」という演出

 アウトドアカットを体験し終える頃には、この奇抜なメニューの「効能・効果」が何となく分かったように思います。

 美容室へ行って、髪を切ってもらう。それは生活に彩りを添える「ハレの場」のひとつではあるけれど、そんなハレにもいつしかすっかり慣れてしまった大人たちに向けて、「外で切る」という小さな「捻じれ」を加えることで、ほどよい違和感と不思議な高揚感、そしてそれらによってもたらされる、わずかな解放感と心地よさを提供してくれるのだと感じます。

 社長の吉田さんは、「ただ外で髪を切るというだけなんですけど、皆さん『楽しかった』と言ってくれます。あるお客さんは『なぜかよく分からないけど、何となく明日、一歩踏み出してみようかなあ、という気持ちになりました』と言って帰っていきました。……もちろん、アウトドアカットを経験した人全員がそんな気持ちになるということでは決してありませんが。

 大人になると、日常生活で新しい出来事はなかなか起こらなくなります。ですから、どんな小さなことでもいいので、今までやったことのない経験をひとつ、ふたつ試してみる。その小さな刺激が、回りまわって自分に小さな変化をもたらすかもしれない。これは、とても意味があるものだと思っています」

 さらにこうも加えました。

「ちょっと真面目な感じに語ってしまいましたけど、要は僕自身がアウトドア好きっていうのも大きいです。同じ塩おむすびでも、家の中で食べるのと外で食べるのとでは味が違ったりするのと同じです」

 ちなみにアウトドアカットは税込7700円。実は、お会計はカットの前に済ませていました。事前に無料通話アプリ「LINE」でクレジットカード情報を登録しておいたので、店員さんがお店のタブレットを操作するだけで支払い手続き完了。お客さん側は、お財布もスマホも取り出す必要がありません。「お金の支払い」という日常感のある手続きを極力排除することで、カットが終わった直後の「華やかなウキウキ気分」のまま街へ繰り出してほしいという思いが込められているのだそうです。

社長の吉田さん(右)、梅村さん(右からふたりめ)ら、「PiNCH 南青山店」のスタッフたち(2019年12月17日、遠藤綾乃撮影)



 店を出て表参道駅へ向かう頃には、もう雨は上がっていました。1時間ほどで終わったアウトドアカットでは、小さな刺激とわずかな解放感を確かに味わわせてもらったように思います。

 まったく似合わないから――とこれまでの美容室では断っていた「コテ巻きふんわり仕上げカール」も、せっかくなので今回はお願いしてみました。それにあのとき、皆と同じクリスマスソング集を選ばなくても、気の向くまま大好きな「欅坂46」をBGMにリクエストしても別によかったんだなと何となく気づかされました。

 さまざまな流行や新しいコンテンツが次々に生まれて、それらを消費することに慣れてしまった私たちが求めているのは、こんなささやかな差異や違和感なのかもしれません。そしてそのささやかな違和感をも消費し尽くしてしまった後で、次は一体どのような刺激が新たに供給されるのか。出不精ではあるけども、これからもぼちぼち街を歩いてウオッチし続けたいと思うのでした。

関連記事