夏目漱石と歩く神楽坂 迷路のような路地と毘沙門天に導かれて

  • おでかけ
夏目漱石と歩く神楽坂 迷路のような路地と毘沙門天に導かれて

\ この記事を書いた人 /

下関マグロのプロフィール画像

下関マグロ

サンポマスター、食べ歩き評論家

ライターページへ

夏目漱石の小説『坊ちゃん』に出てくる神楽坂エリア。サンポマスターの下関マグロさんが解説します。

作品の発表は1906年、ドラマや映画版でも人気

 散歩を趣味にする人にとって、神楽坂は人気のエリアだといえるでしょう。その魅力のひとつは路地裏に続く、石畳でしょうか。迷路のように続く路地は、かつての花街だった風情を残しています。隠れ家的なカフェやレストランなども多く、神楽坂は「大人の街」だといえるでしょう。

有名な夏目漱石の『坊ちゃん』には神楽坂が登場する(画像:下関マグロ)



「かぐらざか」という坂名の響きも素敵ですね。由来は諸説ありますが、ひとつはこのあたりに穴八幡宮(新宿区西早稲田)の御旅所(おたびしょ)があり、そこで神楽が行われたことから、その名がついたといわれています。御旅所とは、祭りのみこしが巡る際に休む場所をいいます。神楽とは、神様に奉納する舞や音楽のこと。このほかの説も神楽が元になっているようです。

 魅力あふれる神楽坂ですが、文学好きな人たちにも愛されています。神楽坂が舞台となった文学作品が多くあるからです。ときには好きな作家の文庫本を片手に、神楽坂を散歩するのも楽しいと思います。

 今回は、夏目漱石の作品に登場する神楽坂を歩いてみましょう。

 夏目漱石の小説『坊っちゃん』は、ドラマ、映画、アニメなどで描かれることが多い作品で、その中でも人気があります。発表されたのは1906(明治39)年。漱石の年齢は明治の年号と同じだということで、本作品は漱石、39歳のときに発表されたものです。

東京と松山を比べてばかりの主人公

『坊ちゃん』の主人公は、坊ちゃんと呼ばれていた江戸っ子の若者です。物語は一人称の「おれ」で語られます。東京の学校を卒業した主人公が、四国の松山にある旧制中学校に教師として赴任し、そこで起こる出来事が面白おかしく綴られています。

 坊ちゃんは赴任してすぐ学校へ挨拶に行き、その後、町を散歩します。なにかにつけ松山を東京と比較し、苛立っている描写が出てきます。

「それから学校の門を出て、すぐ宿へ帰ろうと思ったが、帰ったって仕方がないから、少し町を散歩してやろうと思って、無暗に足の向く方をあるき散らした。県庁も見た。古い前世紀の建築である。兵営も見た。麻布の聯隊より立派でない。大通りも見た。神楽坂を半分に狭くしたぐらいな道幅で町並はあれより落ちる」(『坊ちゃん』より)

 JR飯田橋駅西口を出て、早稲田通りには「神楽坂通り」という案内が出ています。神楽坂というのは実際、外堀通りから大久保通りに至る坂のことを指します。外堀通りが「神楽坂下」で、大久保通りが「神楽坂上」ということになります。結構急な坂です。

外堀通りの神楽坂下。ここから急な上り坂になっている(画像:下関マグロ)



 血気盛んで、負けず嫌いの若者の坊ちゃん、やたらと東京と松山を比較していますね。松山の大通りと神楽坂を比較して、「神楽坂の半分に狭くしたくらいな道幅」と表現していますが、神楽坂下から始まる坂道の幅は、現代の感覚ではそんなに広くありません。昔の道路のサイズというかんじです。

『坊ちゃん』に限らず、漱石の作品には「あるき散らす」という表現がよく出てきます。まさに散歩のこと。目的を持たずに、神楽坂の路地裏をあるき散らしてみるのもいいかもしれません。

神楽坂の毘沙門の縁日

 神楽坂通りにある毘沙門天に関する記述もあります。中学校の教頭「赤シャツ」が坊っちゃんに釣りをするかを聞くシーンです。

「おれはそうですなあと少し進まない返事をしたら、君釣をした事がありますかと失敬な事を聞く。あんまりないが、子供の時、小梅の釣堀で鮒を三匹釣った事がある。それから神楽坂の毘沙門の縁日で八寸ばかりの鯉を針で引っかけて、しめたと思ったら、ぽちゃりと落としてしまったがこれは今考えても惜しいと云いったら、赤シャツは顋を前の方へ突つき出してホホホホと笑った」(『坊ちゃん』より)

「神楽坂の毘沙門(びしゃもんてん)の縁日」が出てきます。神楽坂が繁華街として栄え始めたのは、毘沙門の縁日だと言われています。

 本尊に毘沙門天を祭る善国寺(新宿区神楽坂)は安土桃山時代の1595(文禄4)年、創建されました。善国寺は江戸時代から「神楽坂の毘沙門さま」として信仰を集めていました。現在は、新宿山ノ手七福神のひとつとなっています。

善国寺毘沙門天。創建は安土桃山時代の文禄4年(画像:下関マグロ)



 ちなみに夏目漱石の生家は早稲田の夏目坂で、終焉の地も早稲田の漱石山房(さんぼう)と呼ばれた場所です。神楽坂から結構近いので、散歩をするならそちらへ足をのばしてもいいですね。

関連記事