店舗が減っても安泰? 小売り不況の時代に「丸井」が強いワケ
2021年12月6日
ライフ8月に閉店した池袋マルイ。しかし、意外にも活路があるようです。いったい何でしょうか?
赤いカードとDCブランドブームで全盛期へ1977年2月にオープン。
池袋西口の池袋マルイが2021年8月29日(日)、閉店しました。1977(昭和52)年のオープンから44年。原因は建物の老朽化で、コロナ禍以前から閉店は決まっていたといいますが、背景には同店運営の丸井(中野区中野)をはじめとする、小売業全体の不振があると予想されます。

丸井は1980年代のDCブランド全盛期、学生を含む若者に「赤いカード」を発行。彼らが高価な洋品を月割りで買えるようになったことから、人気を博しました。
新宿や渋谷には、本館のほか
・ヤング館
・メンズ館
・インテリア館
といった専門ビルを擁し、勢いがありました。なお、丸井は「百貨店」と称されますが、日本百貨店協会(中央区日本橋)には加盟していません。
丸井は、青井忠治氏が1931年に家具の割賦販売を行う店舗として創業。1960年には日本で初めて「クレジットカード」を扱い始めました。1970年代にはファッション分野にも進出。代名詞ともなる「赤いカード」は1975年に登場しました。
1980年に代に入るとDCブランドの流行などで、丸井の勢いは加速。1985年に同時開店した渋谷店「本館」「ヤング館」は丸井の象徴的な店舗となり、流行に敏感な多くの若者が集いました。そして、その後のバブル景気の勢いとも相まって、丸井は順調に業績を伸ばしていきます。
一方、1990(平成2)年には英国のヴァージン・グループと合弁でヴァージン・メガストアーズ・ジャパンを設立。日本初の外資系大型CD店として大きな注目を浴びました。また、引っ越しの「ムービング」など、さまざまなグループ企業を増やし、拡大を続けました。
時代とともに店舗の在り方が変化
1990年代後半になると、マルイ各店は
・マルイシティ
・マルイファミリー
などと名称を変更します。
また2000(平成12)年には、自社ビルではなく、ららぽーとTOKYO-BAY(千葉県船橋市)に専門店4店開設するなど方針を転換。さらに2003年には、グループを一体化する再編を行い、ヴァージン・メガストアーズ・ジャパンはカルチュア・コンビニエンス・クラブに売却されました(2005年)。

2010年代には、各店舗の閉店や名称・業態の変更が相次ぎました。渋谷本館はさまざまなカルチャーを取り入れた渋谷モディ(渋谷区神南)に、映画館・新宿バルト9のある新宿マルイアネックス(新宿区新宿)は、アニメを始めとするさまざまなポップアップショップが出店するマニアックな店舗に成長しています。
また2000年代、楽天内にショップをオープンしたことを端緒として、現在は自前のECサイト「マルイウェブチャネル」を運用し、時代に沿った営業を行っています。この背景には、日本のアパレル業界がそうであるように、丸井もファッション中心の業態では生き残れなくなったことがあります。
しかし実は、丸井にはこれらのピンチをカバーする「ふたつの柱」があるのです。
エポスカードという大きな存在
前述のとおり、かつて丸井といえば赤いカードでした。入会金・年会費不要のクレジットカードは、少額の分割払いが可能なことから、若者を中心に人気でした。現在、赤いカードの代わりに発行されているのが「エポスカード」です。
これは、株式会社エポスカードが丸井の子会社として発足してから発行され始めたもの。Visaを発行できる権利を持っており、メインのエポスカードのほかに「エポスカードVisa」の発行も行っており、2021年9月の会員数は706万人となっています。
このエポスカード事業が、丸井グループの現在における柱のひとつとなっています。エポスカードは、買い物や各種特典のほかに特徴があります。それはコラボレーションの多さです。なんといっても券面コラボのバリエーションは、ほかのカードの比ではありません。

アニメとのコラボが多いのが特徴で、
・ポケットモンスター
・エヴァンゲリオン
・プリキュア
などのカードを発行し、ファンの所有欲に訴えかけています。
このエポスカード事業は、割賦販売から始まった丸井の「神髄」といえ、いまも事業を支えています。2021年4月期から9月期までの連結決算はこれらの事業が好調で、増収増益となりました。
テナント化する丸井
最近のマルイの店舗を訪れて、
「テナントばかりだ」
と感じた人がいたら、あながちそれは間違いではありません。
2014年、丸井は賃貸テナント型のビジネスを始めました。自社で商品の仕入れを行うより、テナント収入を得た方が確実だと考えたためです。2016年にオープンした博多マルイは、KITTE博多の1~7階を占めるテナントのひとつです。
・自社ビルを使って
・自社で選んだ商品を売る
という呪縛から逃れたことで、丸井は新たな柱を確保したのです。
DCブランドで輝いていた丸井を知る世代には物足りないかもしれませんが、これが丸井の生きる道なのです。
コロナ禍では「売らない」テナントも
コロナ禍で小売り各社が苦心するなか、丸井は
「売らないテナント」
を増やしているといいます。
フリマアプリのメルカリ、最新家電を体験できるb8ta(ベータ)などがそれで、小売りとしてのライバル企業をあえて誘致することで、顧客へアピールしています。

丸井はDX(デジタルトランスフォーメイション。ITの浸透による変革)に向けた体制作りを早い段階から進めており、エポスカードの決済手数料を含め、フィンテック(ITを利用した新しい金融サービス)事業の利益が多い丸井は、実はひそかに成長を続けている企業なのです。
街なかの丸井の看板が減っているのを見て「オワコン」と勘違いしている人も少なくないようですが、エポスカードやテナント化、そして最近ではアニメイベントの誘致など姿を変えつつ、東京の小売りカルチャーのなかにしっかりと生き続けています。
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