欅坂46が暴く、東京という名の巨大な幻想 「東京タワーはどこから見える?」

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欅坂46が暴く、東京という名の巨大な幻想 「東京タワーはどこから見える?」

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太田省一

社会学者、著述家

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人気アイドルグループ欅坂46の楽曲「東京タワーはどこから見える?」から見えてくる東京の光景について、社会学者の太田省一さんが考察します。

「恋愛の記憶の象徴」としての東京タワー

 欅坂46。2016年発売のデビュー曲「サイレントマジョリティー」がヒットし、一躍アイドルシーンの最前線に躍り出た女性アイドルグループです。NHK紅白歌合戦にも2019年で4回連続出場が決まっています。いまや世代を問わずその存在を知っている人も多いのではないでしょうか。乃木坂46、日向坂46とともに「坂道シリーズ」と呼ばれる彼女たちのグループ名は、東京にある実在の坂にちなんだものでもあります。

 欅坂46の代表曲には、いわゆるアイドルっぽくないものが少なくありません。「君は君らしく 生きていく自由があるんだ」「大人たちに支配されるな」と歌う「サイレントマジョリティー」のように、どう生きるべきかという問いを鋭く突きつけるような歌を彼女たちは歌っています。そのひたむきさに惹かれるファンも多いと思います。

 そんな欅坂46の楽曲のひとつに「東京タワーはどこから見える?」があります。シングル曲ではなく、「真っ白なものは汚したくなる」(2017年発売)というアルバムに収められた1曲です。

「東京タワーはどこから見える?」が入ったアルバム「真っ白なものは汚したくなる」のジャケット(画像:Sony Music、タワーレコード)



 秋元康・作詞によるこの曲は、いまだ断ち切ることのできない失恋への思いを歌ったラブソングです。その意味では、「アイドルっぽくないアイドルの歌うアイドルっぽい歌」と言えるかもしれません。しかし、その内容は一筋縄のものではありません。

「僕」は、街を歩きながら「君」と一緒にいた昔のことを思い出します。ところが、歩道橋を渡る途中や、商店街の正面の空に立っていたはずの東京タワーがどこにも見当たりません。

 ここでの東京タワーは、「君」との恋愛にまつわる美しい記憶の象徴です。しかし、そこにあると思っていた東京タワーは風景のなかに実は存在していませんでした。記憶のなかの東京タワーは、幻想でしかなかったのです。「僕」は、「記憶の断片を 真実より美しく補正して」本当の現実を見ようとしていなかったこと、「君」との過去はもう戻らないことにいまさらのように気づきます。

かつて憧れの場所だった東京

 東京を歌った流行歌は枚挙にいとまがありません。古くは島倉千代子「東京だョおっ母さん」(1957年発売)やフランク永井「有楽町で逢いましょう」(1957年発売)などが大ヒットしました。

 そこでは東京は地方の人びとにとっての憧れであり、若者たちの最新のデートスポットのある街でした。東京を歌った最近のヒット曲のひとつ、サザンオールスターズ「東京VICTORY」(2014年発売)のなかに出てくる「恋の花咲く都」といったフレーズも、そうして歌われてきた東京の華やかなイメージを踏まえたものでしょう。

常に置き換えられる街並み

 また、アイドルも東京を歌ってきました。

 たとえば、少し時代をさかのぼると田原俊彦「原宿キッス」(1982年発売)や荻野目洋子「六本木純情派」(1986年発売)などが思い出されます。「恋し恥ずかし 原宿キッス」という軽快なサビが印象的な前者、バブル時代を思い起こさせる少し背伸びした恋愛模様を歌った後者。楽曲のテイストは違いますが、いずれも東京を代表する若者の集まる街を舞台にしたストレートなラブソングです。

 それらに比べると、「東京タワーはどこから見える?」の異質さは一目瞭然でしょう。

東京タワーと夕暮れの街並み(画像:写真AC)



 一言で言えば、その視線は醒めています。歌詞に登場する「僕」の気持ちは千々に乱れているのですが、その姿を欅坂46はどこか突き放して歌っているように聴こえます。この楽曲に限ったことではありませんが、彼女たちが「僕」という一人称で歌うこと自体が醒めた距離感をさらに醸し出しています。

 かつてであればこうしたタイプの“東京幻想”は、フォーク歌手が切々としたなかにほろ苦さを交えて歌ったのではないかという気がします。

 南こうせつとかぐや姫が歌って大ヒットした「神田川」(1973年発売)がそうでした。終わりを告げた過去の同棲生活を女性目線で回想するこの歌には、「若かったあの頃 何も恐くなかった ただ貴方のやさしさが 恐かった」とサビのフレーズにあるように、昔の恋愛を懐かしく思い出すだけではなく、そこに潜んでいた若さゆえの危うさがある種の苦さを込めて綴られています。

東京で必死に生きる若者たち

 そして昭和から平成へと時代は移り、代わって旬の女性アイドルグループがいっそう醒めた目で“東京幻想”を歌うようになりました。

 冒頭にも触れた「サイレントマジョリティー」のミュージックビデオは、いまも大規模な再開発が続く渋谷の夜の工事現場をメインに撮影されています。工事中ならではの重機や資材などが置かれている現場、さらにその向こうには煌々と明かりの灯る高いビル。それらをバックにセンターの平手友梨奈をはじめとした欅坂46のメンバーたちは、射るような視線をこちらに向けながら、一糸乱れぬダンスを披露しています。

 その映像と歌からは、どんな街並みもずっとそのままではなく、常に別の街並みに置き換えられていくのが東京という街であること、そしてそんな東京という変化し続ける街で彼女たちが必死に生きていることが自然に伝わってきます。

 つまり、「東京タワーはどこから見える?」、そして「サイレントマジョリティー」を歌う欅坂46は、“東京幻想”から脱し、東京という街のリアルのなかでもがくいまの時代の若者を体現していると言えるでしょう。そこには、疑似恋愛の対象というだけではなくなったアイドルの新たな魅力の一端が、鮮やかに示されています。

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