約20年前まで「給与は現金支給」 日本を代表する日本橋の超有名組織とは
給与の支払い方法と言えば、銀行振り込みが思い浮かびますが、約20年前まで現金支給で行っていたところがありました。いったいどこでしょうか。20世紀研究家の星野正子さんが解説します。給与「デジタル払い」の時代に突入 近年、東京ではPASMOやSuicaのような交通系ICカード、PayPayなどのQR・バーコード決済、クレジットカードなど、キャッシュレス決済が当たり前になっています。とりわけ、QRコード決済は銀行口座からチャージできるものも多いため、お金を使い過ぎて後からがくぜんとすることも防げます。 また各種のポイントカードもスマホアプリに移行しつつあり、財布を持ち歩かなくても買い物に出掛けられることもあり、とても便利です。 このキャッシュレス決済の普及によって、2021年春から始まろうとしているのが給与のデジタル払いです。 デジタル払いとは、会社が銀行や郵便局の口座にお金を振り込むのではなく、各種の決済アプリで送金するというもの。日本よりもキャッシュレス決済が進んでいる中国では、企業間でWeChat Pay(ウィーチャットペイ。中国版LINEと言われる「WeChat」に付随するモバイル決済機能)を使って支払いを行うことが普及しています。 しかし日本の場合、買い物への利用に比べて送金の普及はいまいち広がっていません。企業側はもとより、労働者側もデジタルで給与を受け取った場合、初めのうちは大変です。なにせ、これまで銀行口座を使って各種支払いや引き落としを行ってきたからです。 また決済アプリの運営企業(金融庁に登録する資金移動業者)が破綻する可能性もゼロではありません。もちろん銀行側も個人預金が消えることを懸念しています。 法律上、給与の銀行振り込みはNG?法律上、給与の銀行振り込みはNG? 現在、大半の人は給与を銀行振り込みで受け取っています。確かにこれは世の主流ですが、本当はイレギュラーであるのをご存じでしょうか。というのも労働基準法第24条で、 「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」 とされているのです。つまり法律上は、雇用者は労働者に現金を渡さなければならないのです。 昔の給料日といえば会社の経理担当者が各部署を回って、封筒に入った給与を渡して歩くのが当たり前でした。給料日にはスーツの胸ポケットに給料袋を入れて飲み歩くのがお決まり光景で、「給料袋を落とした!」なんていうシチュエーションはドラマなどでもよく使われていました。 封筒に入った給料のイメージ(画像:写真AC) しかし、1960年代に入ると現金支給は急激に減少します。銀行の機械化で処理スピードが進んだことに加えて、毎月の経理処理にかかる手間が省けるようになったからです。 労働基準法第24条では「法令若(も)しくは労働協約に別段の定めがある場合」には、通貨以外での支給が認められているため、銀行振り込みは大企業を皮切りに、多くの企業に普及。こうして1980年代には当たり前の方法となりました。 現金支給にこだわり続けた組織とは? そんななか、21世紀になっても現金支給にこだわり続けていたところがあります。言わずと知れた、お札(日本銀行券)の発行元・日本銀行(中央区日本橋本石町)です。 中央区日本橋本石町にある日本銀行本店(画像:写真AC) それまで、日本銀行の給料日には現金全てが新券で支給される伝統がありました。給料日になると、本店分は出納保管課、各支店は発券課で最低券種を最低枚数で袋詰めして、支給していたのです。 ところが2000(平成12)年に2000円札が発行されるにあたり、普及のために日本銀行は2000円札での支給を開始。これによって事務負担が増えたことが問題となり、ついには銀行振り込みが導入されることとなりました。 銀行振り込みは父親の「尊厳」を奪った?銀行振り込みは父親の「尊厳」を奪った? それでもなお、一部の行政機関では現金支給を継続していました。その背景には、国家公務員の給与を定める「給与法」「地方公務員法」で、現金支給が原則となっていたことがあります。 もちろん銀行振り込みを求める声もあったため、法律とは別に人事院規則によって銀行振り込みを可能にしていました。 その結果、全額振り込みの人もいれば、全額現金でもらう人、一部だけ現金でもらうという人に分かれました。『日本経済新聞』2004年10月4日付の記事によると、当時の国家公務員のうち、全額を銀行振り込みにしている人の割合は80.1%となっています。 キャッシュレス決済のイメージ(画像:写真AC) 現金支給にすると事務経費がばかになりませんが、当時は批判されませんでした。現金支給に対するうらやましさを感じる人がまだ多く、銀行振り込みになったことで給料を家に持って帰ることができなくなったため、父親の威厳が失われたと真面目に語る人もいたのです。 しかし時代は巡るもの。数年したら給料をキャッシュレス決済でもらっても、誰も気にしなくなるのでしょう。
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