映画「スローなブギにしてくれ」が大ヒット、作家・片岡義男が描いた70~80年代の東京とオートバイ

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映画「スローなブギにしてくれ」が大ヒット、作家・片岡義男が描いた70~80年代の東京とオートバイ

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増淵敏之

法政大学大学院政策創造研究科教授

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1970~80年代に一世を風靡した作家・片岡義男。その作品はオートバイやジャズを取り入れた軽妙なタッチの作風で一大ブームを巻き起こしました。そんな片岡作品の描く風景について法政大学大学院教授の増淵敏之さんが解説します。

短編の名手が描いた、若者たちの群像

 筆者(増淵敏之。法政大学大学院教授)は、2019年2月に「『湘南』の誕生 音楽とポップ・カルチャーが果たした役割」(リットーミュージック)を上梓した際、「湘南」のイメージ形成に寄与したコンテンツ作品を集めました。

 1970~80年代に一世を風靡した作家で、短編の名手として知られる片岡義男の作品には「湘南」という先入観がありましたが、意外にも「湘南」を舞台したものはわずかでした。筆者の中に、片岡作品といえば「海」「オートバイ」が出てくるというイメージが勝手に出来上がっていただけでした。

夕日に映えるオートバイのイメージ(画像:写真AC)



 彼の存在は1976(昭和51)年の短編集「スローなブギにしてくれ」で知りました。同名の短編が1974(昭和49)年の第2回「野生時代」の新人文学賞を受賞、直木賞候補作品にもノミネートされたほどです。

 この作品はのちに1981(昭和56)年に映画化され、以後オートバイやジャズを取り入れた軽妙なタッチの作風が若者の支持を得て、一大ブームを巻き起こしました。当時、おびただしい数の作品が文庫で発売され、またそれが同時に映画化されることで、彼の人気にますます拍車がかかりました。

「野生時代」は角川書店のエンターメント小説誌で当時、角川メディアミックス戦略の軸となっていました。メディアミックスとは、もともとひとつのメディアでしか表現されていなかった作品を、小説やマンガ、アニメ、ゲーム、CD、テレビドラマ、映画、タレント、トレーディングカード、プラモデルなど、複数メディアを通じて展開するビジネスモデルのことです。「スローなブギにしてくれ」はその代表的なものといえます。

第三京浜の出会い

 この作品は、世田谷区の玉川ICと横浜市の保土ヶ谷ICをつなぐ「第三京浜道路」をオートバイで走る青年が、ムスタング(乗用車)から放り出された若い女性と子猫を拾うところから始まります。

第三京浜道路と、その奥に見える武蔵小杉(画像:写真AC)

 映画の脚本は原作に幾つかの短編を加えた形となっています。監督は藤田敏八で、浅野温子が主演。主題歌の南佳孝の同名ソングもヒットしました。撮影は福生市を中心に神奈川県の大和市などでも行われています。ある意味、「郊外型」の作品です。

 在日米軍の横田飛行場のある福生市は当時、米軍外国人やその家族のために建てられた「アメリカンハウス」が結構残っており、日本のミュージシャンなども住んでいました。日本であっても少しアメリカ色の強い地域といった感じです。なお大和市も米軍、海上自衛隊が共同使用している厚木飛行場があります。つまり「スローなブギにしてくれ」は、東京とアメリカ色の強い「郊外」を行き来する物語といえるのかもしれません。

ハワイやサーフィンを題材とした作品も

 戦後、米軍が横浜や湘南に駐留したことで、日本の若者のライフスタイルにアメリカの影響が目に付くようになります。サーフィンも米兵の影響で、海岸沿いにはビーチハウスやドライブインなども散見されるように。

 片岡義男の祖父は山口県からハワイへ移民しており、父親も日系2世だとのことです。バイオグラフィによれば、片岡自身も幼少期にハワイに住んでいたことがあり、そこで教育も受けたとされています。

片岡義男が幼少期を過ごしたハワイの風景(画像:写真AC)



 一時期、彼はテディ片岡と名乗っていたこともあって、作品の中にもハワイやサーフィンを題材としたものもあります。ちょうど若者がアメリカのポップカルチャーへの憧憬(しょうけい)を抱いていた頃です。

 現在では考えられないかもしれませんが、音楽でいえば洋楽が、映画も洋画が歴然と存在感を持っていました。イーグルスの大ヒット曲「ホテルカリフォルニア」が1976(昭和51)年、ジョージ・ルーカスの「アメリカングラフィティ」が1973(昭和48)年ですから、当時の状況が何となくお判りいただけるかと思います。

 さて、彼のこの時期の代表作は

・人生は野菜スープ(1977年)
・彼のオートバイ、彼女の島(同)
・マーマレードの朝(1979年)
・味噌汁は朝のブルース(1980年)
・メイン・テーマ(1983年)

などの青春小説で、そのいずれもがヒット作となりました。また「彼のオートバイ、彼女の島」に代表されるように、オートバイが出てくる作品が多かったという印象があります。その後も「時には星の下で眠る」(1980年)、「幸せは白いTシャツ」(1983年)などが続きます。

 ウェブサイト「NAVI ON THE WHEELS」によれば、オートバイが登場する作品だけでも101作品あるといい、ほかのテーマで書かれたものも含めると、数百とも言われています。

東京とローカルとの「距離感」も提示

「スローなブギにしてくれ」の中で、オートバイが東京と郊外を繋ぐツールだとしたら、「彼のオートバイ、彼女の島」では、東京とローカルを繋ぐツールです。

夜の東京郊外のイメージ(画像:写真AC)

「彼のオートバイ、彼女の島」は音楽大学に通い、アルバイトでプレスライダー(新聞社やテレビ局の原稿や写真をバイクで運ぶライダー)をしている青年が、瀬戸内出身の女性と初夏の信州の温泉で出会うところから始まります。この作品も大林宜彦監督によって映画されています。

 そういえば、片岡作品のもうひとつの特徴は天気にこだわる点でしょうか。作品の中には天気図がよく登場しますし、また梅雨前線とともにオートバイで北上するエピソードもありました。

 彼の作品の舞台は東京が多いのですが、オートバイを介在させることで「ローカルとの距離感」も提示してくれます。走ってみれば、日本も意外と広いという感覚でしょうか。

 さて、お盆休みです。この夏は東京の郊外、そしてローカルへの旅に片岡義男の作品を片手に出向いてみてはいかがでしょうか。新たな発見があるかもしれません。

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