野性味あふれた「平成ラーメン文化」は、ミシュランガイドに滅ぼされるのか?

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野性味あふれた「平成ラーメン文化」は、ミシュランガイドに滅ぼされるのか?

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田中大介

日本女子大学人間社会学部准教授

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空前のラーメンブームが起きた平成の時代。令和に入り、ラーメンを取り巻く環境はどのように変わっていくのでしょうか。日本女子大学人間社会学部の田中大介准教授が考察します。

平成、ラーメンがワイルドだった時代

 平成は、多様なご当地ラーメンが全国的に流行し、目新しいラーメンが次々と誕生した空前のラーメンブームでした。しかも、とんでもなくワイルドな。

凄まじかった平成のラーメンブーム(画像:写真AC)



 昭和の時点で、札幌ラーメンや喜多方ラーメン、博多ラーメンのブームが起こってはいました。しかし、それらに加えて和歌山豚骨醤油、富山ブラックなど各地のご当地ラーメンが次々と「発掘」、紹介されていったのは平成に入ってからです。

 また、激辛ラーメン、背油たっぷりのラーメン、塩気の強いラーメン、濃度の高いラーメン、「にんにく入れますか?」が合言葉のラーメンなど、刺激的なラーメンも多く現れました。

 これらのテイストのラーメンがチェーン展開し、真似されていくと、〇〇系といった分類・用語も増加・定着します。つけ麺や油そばがラーメンというジャンルのなかで成長したのも同じ時期です。このように次から次に現れ、増殖する――ときに過激ですらある――多種多様なラーメンが集まる東京は、もはや“ラーメン・ガラパゴス”とすらいえそうです。

メディアが作るラーメン、ラーメンが作るメディア

 平成のラーメンブームは、メディアを介して拡大した現象でもありました。

東京は“ラーメン・ガラパゴス”(画像:写真AC)



 上記の個性的なラーメンには昭和からあったものも多いのですが、ご当地以外でそれほど知られていたわけではありません。もちろん1980年代に雑誌・テレビを通じてブームになることはありましたし、上記の札幌、喜多方、博多などのラーメンの拡大を支えました。

 ただし1990年代になるとラーメンに特化した番組、雑誌・書籍が現れ、2000年代になるとインターネットサイト経由で全国区の知名度を得るラーメンも増えていきます。とくに首都圏では各地域の個性的なラーメンが食べられるようにもなりました。

 そうした各地のラーメンをひとつの場所で食べ歩ける空間として1994(平成6)年に開館したのが「新横浜ラーメン博物館」でした。ラーメン博物館の開館は、ラーメンが一大ジャンルとなったこと告げる大きなきっかけだったともいえるでしょう。これ以降、類似の施設が各地に現れます。

 1990年代以降、ラーメンブームを牽引した代表的なメディアの例を挙げるのであれば、テレビ東京系列で放映された「TVチャンピオン」のラーメン王選手権、講談社発行のムック本「TRY大賞」、「超らーめんナビ」や「ラーメンデータベース」などのインターネット検索サイトです。

 ただし、ブームはこれらのメディアや作り手が一方的に仕掛けたものではありません。多くの場合、ラーメンが大好きな消費者(だった人)たちがそれぞれの媒体で活躍しているからです。

 例えばテレビで有名になったラーメン評論家も、もとは市井(しせい)のラーメンマニアでした。毎年のように出版されている各地のラーメンガイドも、そうやって有名になっていった評論家たちに監修されています。とりわけ、ラーメンサイトの充実した情報を支えているのは多くの匿名のラーメン好きたちです。

 つまり、平成のラーメンブームは、一般のラーメン好きがラーメン業界を内側から発達させていったムーブメントだったのです。そして、それを増幅してきたメディアも、もとは一般のラーメン好きたちとその熱気を下から吸い上げることで成立していました。

 さらに誰もが発信できるネット時代は、みんながライトなラーメン評論家っぽくふるまえてしまうともいえるでしょう(と言っている私も例外ではありません)。

 そうした人びとの耳目を集め、わざわざ遠くから食べに来たり、通ったりする――「中毒」になるとすら言われる――ラーメンを職人たちが作ろうと努力するなかで、ワイルドなラーメン時代が現れたのです。

ミシュランガイドがやってきた!

 このようにドメスティックな環境でワイルドに成長してきたガラパゴスなニッポンのラーメンでしたが、2014年、東京版の「ミシュランガイド」で一つ星を獲得するラーメン店が現れます。

ラーメン評論家っぽくふるまう多くの人たち(画像:写真AC)



「ビブグルマン」(星評価から外れるが安くてお薦めできる店舗に与えられる印)が東京版で導入されると、さらに多くのラーメン店が掲載されるようになりました。

 2016年には「ラーメン」カテゴリが設定され、2019年の時点で3店舗が一つ星を獲得し、ビブグルマンには21店舗が掲載されています。

 ただし、ミシュランガイドはもともとラーメン業界の外側にあったものです。しかも高級なレストランを中心に紹介する外国の手引きですから、ラーメン業界の外というのか、はるか上空にあったといえそうです。

 ミシュランガイドの掲載店は、客単価が1万円以上するものが少なくありません。単価が5000円以下の店舗は、特別な印が付けられたり、ビブグルマンの方に掲載されたりすることになります。

 その意味で、単価が1000円以下のラーメンがミシュランガイドで「星」を獲得したことは、とても画期的なことだったのです。そもそもこうしたガイドに入るようなジャンルの食べ物ではなかったのですから。「ついに日本のラーメンもグローバルな評価を得るようになった!」と喜ぶべきことかもしれません。

ミシュランガイドによる女性マーケットの開拓

 また、ミシュランガイドへの掲載は、ラーメン業界に良い効果をもたらしそうです。平成時代のラーメンブームを支えたのは、主に男性でした。

 しかし、ミシュランガイドに初めてラーメンが掲載された翌年の2015年、女性に向けた「ラーメン女子博」が初めて開催されます。

 すでに「ラーメン女子」への注目が集まっており、女性でも入りやすいおしゃれな店も増え、体型維持に気を使ったラーメンの開発も進んでいました。その流れを受けて「女子が罪悪感なく食べられるヘルシーなラーメンを提供する店舗」を集めることではじまったのが「ラーメン女子博」です。

 格調高いミシュランガイドにラーメン店が掲載されることになれば、女性のマーケットもさらに開拓されることに違いありません。そうすれば、より上質で洗練されたラーメン店やメニューも増えるでしょう。2010年代後半のラーメン業界には国家や性差を越えた新たな動きが現れ、令和という時代を迎えています。

 一方で、ミシュランガイドに掲載されているラーメンをみていると、ラインナップに特徴があることにも気づきます。それぞれの店舗がすばらしいラーメン店であることは言うまでもないのですが、掲載されている店舗やラーメンには上品なタイプのものが多いな、と。

 この点については、ラーメンライターの井出隊長氏による「ラーメン店も回る『ミシュラン調査員』の真実 その評価基準や調査方法を知っていますか」(「東洋経済オンライン」2017年12月17日)という記事でも指摘されています。

 同記事では、ラーメンを掲載することで、ミシュランガイドが身近なものになり、認知度が上がったとされています。ミシュラン側から見れば、たしかにそうかもしれません。逆にラーメン側からみると、ミシュランガイドに載っているだけで、その店舗やメニューがなにやら格調高くみえるような気がします。

ミシュランガイドは、ラーメンの野蛮時代を終わらせるか?

 ワイルドな平成ラーメンには、独特のルールや雰囲気があるため、なかなか入りにくい店舗もありました。床が油でぬるぬるする店、強面で個性的な店主、ぼろぼろの暖簾、説明のない独特の注文の仕方など……。一見さんや女性にはきわめて入りにくい店ですが、「汚い店ほど美味しい」という神話がまことしやかに語られることすらありました。

「汚い店ほど美味しい」という神話(画像:写真AC)



 また、過激な味のラーメンの美味しさは、食べすぎると体調を壊すという不安と表裏一体であり、そんな背徳的な快楽もまたラーメン特有のものかもしれません。

 味、店、人すべてがかくも過激に成長してきた平成ラーメン――。しかし、管見の限り、ミシュランガイドにはそんなワイルドすぎるラーメン店は掲載されていないようです。少し寂しい気もしますが、それもそうでしょう。

 ミシュランガイドの品格を維持しなくてはなりませんし、一般の消費者・観光客に向けて作られているのですから。ラーメン二郎がミシュランガイドに掲載され、それを見て外国人観光客が食べに来るとしたら、おそらくその人も、他のお客さんも、もしかするとお店の人も少し当惑するのではないでしょうか。

 逆に、現在、ミシュランに掲載されているラーメン店は英語のメニューや案内も用意され、小綺麗な装いになっている店舗も多く、独特のルールや雰囲気による入りにくさはあまりありません。

 ミシュランガイドの掲載・評価の基準や方法についてはさまざまなことが語られていますが、少なくともミシュランの調査員がラーメン好きに偏り、ラーメン好きだけに向けて掲載・評価されることはなさそうです。

 ですから、それ以外の観光客や一般客にも訪れやすく、その他の外食ジャンルと並んでも違和感のないラインナップに、結果としてなってしまうことは無理もないことです。つまり、これまで「ドメスティックに」「自生的に」成長してきたラーメン業界が、グローバルかつ、業界外部の基準で選別されているわけです。

 だとすれば、個性的すぎるメニューを次々に生んだ“ラーメン・ガラパゴス”は、グローバル化のなか、良くも悪くも洗練されていき、その一部は淘汰されていくのでしょうか……と、すぐにこんな答えが返ってきそうです。

 つまり、「ミシュランガイド掲載店はラーメン業界のごく一部である。業界内部の基準と外部の基準、野蛮なラーメンと洗練された(文明的な?)ラーメンの棲み分けがあるだけだ。むしろ両者のあいだにはさらなるシナジーが期待できる」と。私も穏当な意見だと思います。

 ただし、気になる点もあります。

 平成のラーメンブームを支えてきた男性たちも高齢化しています。そうすれば背徳感のある快楽がもたらすリスクもより高くなるでしょう。

 通い詰めることが難しくなれば、中年男性がラーメンを食べる回数が減りますし、さらに少子化が進むことでマーケットも縮小します。少子高齢化のなか、女性と海外の消費者を拡大することは――他の業界と同様――ラーメン業界としての重要なミッションなのです。

 だとすれば、ひと癖もふた癖あるラーメンを生み出してきたあのワイルドな熱気はどうなるのか。とはいえ、それもまた杞憂(きゆう)かもしれません。

 そうした新たなトレンドが、これまで思ってもみなかった――過激なだけではない――個性的なラーメンを令和に生み出すかもしれないのですから。

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