マニュアル人間も量産? 平成時代の就活マスト本『面接の達人』の衝撃
学生の就職活動で長らく読まれている書籍『面接の達人』。その歴史と功罪について、フリーライターの金平奈津子さんが解説します。「脱マニュアル化」が始まった就職活動 コロナ禍で東京を取り巻く経済事情は激変しており、とりわけ企業の「オフィス縮小」は大きな注目を集めています。2021年1月には、電通(港区東新橋)が本社ビルを売却することを発表。企業のオフィス縮小と「脱東京志向」はこれから加速が予測されます。 そんな企業の激変とともに、就職活動も大きな動きを見せています。2020年は多くの企業がリモート面接を導入。現在は、最終面接までリモートで行うことも珍しくありません。リクルートスーツに身を包んだ学生たちの姿が、過去のものとなる日もそう遠くないのかもしれません。 リモート面接の浸透で、面接のしきたりも変化しています。 これまでの面接は単に受け答えだけでなく、所作なども含めて総合的に判断されていました。そのため、学生たちはさまざまな書籍や情報サイトをもとに成功体験に学んでいたわけですが、それらも完全にリセットされました。 いわば、就職活動の「脱マニュアル化」が始まったといえるのです。 マニュアル化が始まったのは約30年前マニュアル化が始まったのは約30年前 そもそも、就職活動のマニュアル化はいつから始まったのでしょうか。 就職活動においてマニュアル本が必須のものとなったのは、1990(平成2)年に刊行された中谷彰宏さんの『面接の達人』(ダイヤモンド社)からといってよいでしょう。 これ以降、学生も採用担当者も『面接の達人』に目を通し、双方の出方を探るようになりました。なお同書は現在も改訂を重ねており、最新版は2018年発行の『面接の達人 バイブル版』となっています。 1997年12月に出版された『面接の達人 99』(画像:ダイヤモンド社) 著者の中谷さんは出版当時、博報堂(港区赤坂)のCMプランナーでした。執筆のきっかけは、中谷さん自身が毎年OB訪問を受けるなかで、面接のマニュアルの必要性に気づいことでした。 じっくり話せば面白い人材であっても、5分や10分の面接ではそのよさを全て伝えることはできません。そこで中谷さんは「面接 = 自分自身のプレゼンテーション」という視点に立ったマニュアルを作り、OB訪問に来た学生たちに渡していました。それが同書の原型となったといいます(『週刊文春』1991年6月27日号)。 『面接の達人』の特徴はユーモアあふれる文体と、重要ポイントを最低限の文章量で説明していることです。 例えば、面接では「志望動機」「自己紹介」だけをしっかり説明できれば構わないとシンプルに言い切っています。その理由は添えられた豊富なデータと細かい事例を見ればわかるというわけです。 そのため、就職活動に励む学生たちはあれこれと思い悩むことなく面接に臨めたのでした。 90年代中盤に増した存在感 1990年に刊行された『面接の達人』は5万部を突破。翌年に刊行された新版は20万部のベストセラーとなります。しかし本当の人気が爆発したのは、それから数年後のことでした。 当時は好景気を背景に、就職活動は売り手市場の待っただなかでした。しかし景気が後退すると事情は一変。1994年には多くの企業が採用数を半減し、なかには新卒採用を見送るところも出てきました。 リモート面接のイメージ(画像:写真AC) そのような就職難の時代に、『面接の達人』は就職活動の必須本としての地位を確立。余勢をかって本のスタイルも変え、1994年には本編である「バイブル版」のほか、「会社の選び方」「電話のかけ方 手紙の書き方」などの各論編も販売されました(『毎日新聞』1994年5月18日付夕刊)。 マニュアル化による弊害もマニュアル化による弊害も しかし、就職活動の必須本となったことで弊害も生まれます。 『面接の達人』は純粋なマニュアル本というより、現代の言葉でいえば「コーチング」に近いもので、「〇〇のときには、こうしなさい」と教える「ティーチング」ではなく、自分で考えることを前提に「こういう考え方もあるよ」とアドバイスをする内容でした。 ところが、読者である学生がそこまで理解しているとは限りません。ついには、収録されている事例をそのまままねる学生が現れ、最盛期の1990年代後半には 「本に書いているままを面接の本番でやった学生がいる」 と、まことしやかに語られていました。 実際、中谷さんには読者から毎年のように「面接の模範解答を載せてほしい」という要望が寄せられていたといいます(『読売新聞』1996年6月17日付朝刊)。 その後の就職活動は、男女を問わず、定型的なリクルートスーツが当たり前になるなど、マニュアル化がより進行しました。 リクルートスーツを着た女子学生(画像:写真AC) しかし、コロナ禍社会はそんな習慣を消滅させようとしています。ともすれば、「4月1日から新社会人」という光景すら過去のものになるかも知れません。就職活動だけでなく、東京は信じられない変化のスピードの真っ只中にあるのです。
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