老若男女に大人気、フリー素材集「いらすとや」がここまで広まったワケ

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老若男女に大人気、フリー素材集「いらすとや」がここまで広まったワケ

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岡部大介

東京都市大学社会メディア学科教授

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プレゼン資料、広告、看板……。東京の街には「いらすとや」のイラストがあふれています。その背景には、どのような社会的要因があるのでしょうか。東京都市大学の岡部大介教授が社会情報学の視点から考察します。

ネット上で見ない日はない「いらすとや」のイラスト(画像:いらすとや)



 大学生にプレゼンテーションソフトを用いた発表をお願いすると、数件に1回程度の頻度で「いらすとや」さんのイラストを目にする機会に恵まれます。「いらすとや」を一度も使わずして大学を卒業することは、むしろ困難に近いのではないかと思われるほどです。

「いらすとや」は、イラストレーターのみふねたかしさんが運営する、かわいいフリー素材を提供するサイトです。

「いらすとや」の利用規定には「当サイトで配布している素材は規約の範囲内であれば、個人、法人、商用、非商用問わず無料でご利用頂けます」とあります。著作権フリーではありませんが、幅広い用途で、基本的に無料で使用することが許諾されているということです(ただし、例えば「素材を21点以上使った商用デザイン」は有償と記載されています)。

「いらすとや」は、2013年に公開されたとの記載があります。2013年以前のプレゼンテーション資料には、オンライン上からダウンロードされた画像が、ほとんど著作権を意識することなく用いられていました。

 無料で種類が豊富で汎用的なうえに、作者の負い目もなく使用できる「いらすとや」の誕生によって、かえって、オンライン上の画像の著作権を意識するように変化したと見ることもできます。

 ご存知のとおり、「いらすとや」はイラストのバリエーションが豊富で、新作も次々と登場しています。最近では、新元号が発表された4月1日のうちに「元号を掲げる人のイラスト」のみならず「元号を掲げる人のイラスト(手話つき)」までも提供したことを受け、SNSを中心に、感心の声があがっていました。

 無料で使えるイラストが多種多様あることに加えて、サイトの検索機能も優れていることから、「いらすとや」の使い勝手の良さは、多くの人が異口同音に認めているところです。

 実際、ちょっと気にかけて見渡してみると、街の色々なところに「いらすとや」は生息していることが分かります。

現代社会を見つめる「考現学」とは

 そこで、大学の研究室の学生にお願いをして、キャンパス(世田谷区玉堤)から自宅に帰るあいだに「いらすとや」を発見した場合は、スマートフォンのカメラで採集して画像を共有するようお願いしてみました。

 この採集の方法は、「考現学」と呼ばれるユニークな方法を援用したものです。
 
 考現学とは、今和次郎(こん・わじろう)氏が提唱した、おおよそ100年の歴史を持つ学問です。考「古」学は、人間の過去の文化発展を、古い時代から残っている遺物を通して探求する学問です。一方、考「古」学をもじった考「現」学は、現在の街ゆく人々の服装や建物、日用品などといったものを、特定の場所で一定の時間記録し、分析していく方法です。

 いつも目にする服装や建物、日用品は、現在を生きる私私たちにとっては当たり前のものです。ただし、その当たり前の日常を採集していくことで、現在の特徴が浮き上がってきます。また、考現学によって採集された現在は、数十年後の考現学者(や私たち)にとって「当時の現在」を見る宝の山です。これらが、考現学の面白いところです。

 考現学にも馴染みのある学生とともに、街のなかに生息する「いらすとや」を採集してみました。

街の隙間のクリエイティビティ

 考現学に協力してくれた学生たちによれば、主な生息エリアとしては

1.地域の掲示板
2.マンションの共用スペース
3.スーパーマーケットの掲示板
4.郵便局
5.大学
6.電車のドア

といった「小さな広告」があげられるようです。

「いらすとや」流の東京都のキャラクター(画像:いらすとや)



 あらためて、「いらすとや」が特定の場所に限定することなく、至るところに「生息」している様子が見えてきました。大学でよく目にしていたプレゼン資料だけでなく、地域に根ざした場所、スーパーマーケット、共用スペースなど、「固有性なく」存在しています。

「いらすとや」の特徴は、無料で、種類が豊富で、汎用的なところにあります。とはいえ、同じテイストのイラストがここまで街中にあふれることになったのはなぜでしょう。

「無料で、種類が豊富で、汎用性がある」の対極にあるものは、ギフトのような「高価で、稀少で、貴重なもの」です。ギフトをもらうと、私たちは贈り主への「負い目感情」を抱いてしまいます。できるだけ早くお返しをして感情を解消したくなります。無料で、豊富で、汎用的な「いらすとや」には、負い目感情を覚える必要がありません。

 そして、そのような感情なくデザインに組み込むことができる「いらすとや」によって、街中に「気軽な二次創作」があふれてきたと考えられます。

個々にわき起こるデザイン欲求

 スーパーマーケットの掲示板や郵便局のチラシの考現学から見えてきたことは、「いらすとや」の既存のイラストを使って、ほんのちょっとした創作を楽しむ私たちの姿です。チラシにワンポイント、イラストを気軽に追加することで、誰しもが創作やデザインの活動に参加できるようになったといえます。

 同人誌文化の発達にもみられるように、既存のものを用いて二次創作的な表現を楽しむことを、私たちは比較的得意としているのかもしれません。

「いらすとや」のたくさんの選択肢の中から、自分の作っているチラシのイメージにあったイラストを選び出し、そして、選び出されたイラストによって、チラシの構図をまたちょっと変えたりする。そういった「日常生活のなかのちょっとした創作活動」の引き金のひとつになっているのが「いらすとや」です。

「いらすとや」に触発されて、デザイナーではないふつうの人々の、ちょっとデザインしたくなる欲求がわき起こります。もちろんプロのデザイナーには及びません。

 ただし、やや大げさにいうと、「いらすとや」はふつうの人々が生活の中で創作できるよう、デザインという活動の「民主化」を引き起こしたのかもしれません。

 街にたたずむ数々の「いらすとや」は、もしかしたら、個性溢れる東京の景色を「無害なイラスト」で均一化してしまう存在のようにも思われるかもしれません。

 しかしその一方で、私たちのちょっとした「隙間のクリエイティビティ」を刺激し続けている存在でもあるのです。

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