きれいな飲み水を求めて 武士・町人を支えた江戸初期の「上水設備」を知っていますか

江戸の町を支えた水道。その歴史について、文筆家の広岡祐さんがその歴史について解説します。

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花見客でにぎわう明治期の江戸川(画像:広岡祐)
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二代歌川広重『名所江戸百景 赤坂桐畑』に描かれた赤坂溜池。土手の補強のために多くの桐の木が植えられ、並木となっていたという(画像:国立公文書館 デジタルアーカイブ)
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溜池の由来碑。三代将軍徳川家光がここで泳いだという伝承がある。赤坂溜池町の町名は失われたが、地下鉄溜池山王駅にその名を残した(画像:広岡祐)
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初代歌川広重『絵本江戸土産 御茶ノ水』 水道橋の懸樋が見える(画像:国立公文書館 デジタルアーカイブ)
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井の頭池の東端にかかる水門橋。ここが神田川の源流となる(画像:広岡祐)
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昭和初期の水門橋(画像:広岡祐)
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善福寺池。現在は井の頭池と同様に地下水をポンプでくみ上げている(画像:広岡祐)
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遅の井の噴泉も地下水を利用する滝として復元された(画像:広岡祐)
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善福寺公園に隣接する東京都水道局杉並浄水所は1932(昭和7)年に完成した瀟洒(しょうしゃ)な建築。豊富な地下水は現在も利用されている(画像:広岡祐)
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『正保年中江戸絵図』より、1600年代半ばの江戸の様子。城の縄張りと町割りが完成し、外堀である神田川は現在のルートになっている(画像:国立公文書館 デジタルアーカイブ)
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現在の赤坂溜池交差点付近。周囲を見回すと低地であることがわかる(画像:広岡祐)
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江戸川公園に再現された関口大洗堰。このあたりの神田川はかつて江戸川とよばれていた(画像:広岡祐)
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美しさを取り戻した井の頭池(画像:広岡祐)
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水道碑記(すいどうのいしぶみのき) 四谷大木戸跡に置かれた玉川上水開削の記念碑。1895(明治28)年完成。(画像:広岡祐)

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