絶海の孤島からやって来た「野生の猫」が都心の猫カフェで大の甘えん坊に変わるまで【連載】猫カフェを訪ねて(1)
はるか南の島からやってきた その猫カフェにいる猫たちは、東京都心から南へ約200km、太平洋に浮かぶ小さな離島で暮らしていました。 保護猫カフェたまゆらの猫たち。街で保護された猫たちとの違いは?(2020年7月5日、遠藤綾乃撮影) 人間の生活とは隔絶されて、島の森で暮らしてきた「野生の猫」たち。そんな彼らはなぜ、東京都心の猫カフェへとやってきたのでしょう。街で育った保護猫たちと何が違うのか、そして猫カフェで一体どんな暮らしをしているのでしょうか。 希少種の鳥を守るために捕獲 東京都・御蔵島(みくらじま)村。 人口321人(2018年8月時点)、総面積は北区とほぼ同じ約20.5平方キロメートルのこの島は、自然豊かな海域と山林に恵まれた有人島です。野生のミナミハンドウイルカと泳げる島として人気があり、東アジアに広く生息する海鳥・オオミズナギドリの世界最大の繁殖地でもあります。 東京都心から南へ約200kmのところにある、東京都御蔵島村の位置((C)Google) 一方、2000年頃から島内で徐々に増え始めたのが「野生の猫」でした。 人間が持ち込んだとみられる猫たちは繁殖を繰り返し、やがてオオミズナギドリを襲うようになります。 1970年代には推定175万~350万羽とされていた生息数は、この十数年で激減し、2019年の調査では推定11万7000羽にまで落ち込んでいることが確認されました。 「オオミズナギドリと猫、両方を守るために、猫たちを島外へ連れ出そう」――。島の自然を愛する有志たちが立ち上がり、本格的な猫の保護活動に乗り出したのは2017年8月。 かくして御蔵島出身の猫たちは、次々と東京都内の保護猫カフェへとやってきたのでした。 受け入れを決めた店長の思い受け入れを決めた店長の思い 御蔵島の猫たちを受け入れたいと、手を上げたひとりが保護猫カフェ「たまゆら」(中央区日本橋人形町)を運営する店長の今場奈々子さんでした。 「猫だけでなく鳥も守るという活動の趣旨に共感し、ぜひ協力したいと思った」と、現在は御蔵島からの保護猫だけに受け入れを絞っています。猫たちはこの場所で、カフェ利用客らと触れ合いながら新しい里親が現れるのを待っています。 まったりくつろぐ猫カフェの猫マックス。彼は太平洋沖合に浮かぶ御蔵島の出身(2020年7月5日、遠藤綾乃撮影) 2020年7月の日曜日の夕方。カフェへお邪魔してみると、茶トラやキジ、黒色、サビ模様の15匹が、常連客たちとまったりくつろいでいました。 進んで人間にすり寄っていく子や、ほかの猫にちょっかいを出して反撃を受ける子、窓際の棚の上に腰を下ろしフロアの様子を超然と眺めている子など、さまざま。 その様子は、街中で保護された猫たちがいる他の保護猫カフェと、特に違いは感じられません。 ある日突然、人間になれた猫「野生の猫と聞くと、凶暴とか、人になれないといったイメージを抱くかもしれませんが、全然そんなことありません。これまで人間と接したことがなかった分、警戒心が低くて一気に仲良くなれる子もいます」(今場さん) とはいえ当然ながら、猫によって人になれるスピードはまちまち。カフェに来てから半年間以上、「シャーーッ!」と鳴いて、人間に一切触らせなかった猫だっています。 その猫がある日突然、常連の女性客の脚に自分からすーっと体をすり寄せていったことがありました。 「『マックス(名前)、あなた本当にマックスなの?』って、そのときは本当にびっくりして、その場にいた皆で大騒ぎしてしまったほどです。今では人間になでられても大丈夫。猫なりに人間をよくよく観察していて、本当に信頼できる相手なのかどうかをずっとうかがっているのでしょうね」(今場さん) 御蔵島から来た「1期生」の猫たち。上からマックス、アッシュ、チェリオ(2020年7月5日、遠藤綾乃撮影) そのマックスは2019年1月にたまゆらへ来た、御蔵島「第1期生」のキジトラのオス。同じくキジトラのアッシュと、黒猫のチェリオの同期3匹、今も仲良くここでの生活を続けています。 「3匹ともお客さんにとても人気なんですけど、今の環境に満足しているように見えるからでしょうかね、1年半ちょっと、カフェにいます。どちらかというと、ほかの猫となじめないとか、ちょっと困った事情がある子から順にもらわれていくことが多いみたいです」 ただマックスにはその後、里親を希望する利用客から「トライアル」の申し出が。そのお家でやっていけるかどうか、お母さん役の今場さんはそっと成り行きを見守っています。 新メンバーも加わって大騒ぎ新メンバーも加わって大騒ぎ この日は、御蔵島で保護された新しい仲間が5匹、たまゆらのメンバーとして加わりました。 5匹を自家用車に乗せて連れてきたのは、島での保護活動に携わる神奈川県在住の長谷川潤さん。小さなケージから店内フロアへ、恐る恐ると踏み出した新顔に、既存メンバーたちは「ニャーッ!」と大きな声で鳴いたり追いかけ回したりと大騒ぎです。 5匹のうち本当に怖がりの子は、ほかの猫たちが入れない柵の向こうに置いて、しばらく様子を見ることになりました。 新しく加わった猫のケージのそばで、鳴いたりウロウロしたり大騒ぎの猫たち(2020年7月5日、遠藤綾乃撮影)「じきに慣れるでしょう。これまで連れてきた子たちも、だんだんに慣れていきましたから」と長谷川さん。島の猫をいったん自宅で預かり、少し落ち着いてきたところで、たまゆらなどへと引き渡す役割を担っています。 新しく来た猫たちが、ほかのメンバーや利用客たちと少しずつ打ち解けていけますようにと、その場の誰もが期待を寄せました。 猫には猫の心地よい暮らしが ただし、ふたりが考える猫にとっての「ゴール」とは、人間が触ったり抱っこしたりできるようになることでは必ずしもありません。 「それぞれの子にとって、心地良い人間との距離感がありますから。人間と一緒に暮らすことを快適だと思ってもらえる関係を築いていくのが一番いいんでしょうね」(今場さん) 長谷川さんも、その言葉を継ぎます。 「わが家に来て2年間、一度も甘えるそぶりを見せなかった飼い猫が、ある日ふっと僕の膝の上に乗ってきたんですよ。どういう距離が心地よいのかを決めるのは人間ではなく、やっぱりあくまでも猫の方なのだと思います」 それぞれの猫がカフェに来たときの思い出を語る今場さん(左)と長谷川さん(2020年7月5日、遠藤綾乃撮影) 人は時に、猫のことを「愛玩動物」と捉えがち。でも猫には猫の暮らし方があって、人間の都合を押し付けてはいけないのだと、たまゆらの猫たちは教えてくれているのかもしれません。 「楽しく長く生きてほしい」「楽しく長く生きてほしい」 ずっと気になっていた疑問を、ふたりに聞いてみることにしました。苦労して保護して、精魂込めてお世話を続けてきた猫が新しい飼い主のところへもらわれていくことは、少し寂しいのではないでしょうか――? 「いえ、寂しいというよりは、ホッとしますし、うれしいです。ちゃんと里親さんが見つかって、大切に育ててもらえることになって、本当によかったねって思います。たくさんの猫と暮らす猫カフェの環境をストレスに感じる子もいますから」(今場さん) 「僕らは、猫を捕まえるときに罪悪感を覚えることも多いのです。御蔵島の猫たちにとっては、餌も水も豊かにあって自由に生きられる島での暮らしの方が幸せなのかも、と思うこともしばしばありますから。里親さんが決まり、人の家で幸せに暮らせることが決まると、うれしいという以上にホッとする、というのが正直な気持ちですかね」(長谷川さん) 今場さんの膝の上に乗るアッシュ。カフェに来た当初はすぐに手が出る子だった(2020年7月5日、遠藤綾乃撮影) もし長谷川さんや今場さんに保護されず、島の山林での生息を続けていたら、外敵や病気によって短命の人生(猫生)を余儀なくされていたかもしれない猫たち。 はるか200kmの海を渡り、都心の保護猫カフェで暮らす今、彼らは里親が見つかって第二の人生(猫生)が始まるのを待っています。あくまで気ままに、まったりと。 「楽しく長く生きられるといいね」。今場さんが言うと、すっかり甘えん坊になった膝の上のアッシュが、「ニャ」と短く返事をしたようでした。
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