本当に登れるのか……東京・港区に「傾斜40度」のスゴい坂があった!【連載】拝啓、坂の上から(8)
東京・港区に傾斜40度もの坂「男坂」があるのをご存じでしょうか。別名「出世の石段」とも呼ばれる同坂について、フリーライターの立花加久さんが解説します。講談で古くから語り継がれる坂 どこに出掛けるにしてもマスクを装着したり人混みを避けたりと、何とも不便な生活が1年以上続いています。そんな刺激の少ない生活を少しでも豊かに面白くするために、筆者がかねがね勧めているのが、見晴らしの良い坂を巡る散歩です。 歩いていて突然目の前に急な登り坂が現れたとき、あまりのダイナミックな勾配に一瞬、頭が真っ白になります。そんなある種の「トリップ感覚」は、家の中ではもちろんのこと、普通の街歩きでもなかなか味わうことができません。 今回、トリップできる見晴らしの良い坂として紹介するのが、都内で一番高い天然の山(標高25.7m)、愛宕山山頂にある愛宕神社(港区愛宕)の男坂、世にいう「出世の石段」です。ご存じの人もいると思いますが、講談などで古くから語り継がれているおなじみの石段です。 コロナ時代に通じる武士の誇り それは1634(寛永11)年春に起こった坂にまつわる珍事でした。 三代将軍徳川家光が、芝の増上寺の参詣の帰り道にこの坂下を通りかかったとき、坂上に見事に咲き誇る梅の花を見つけ「誰か騎馬にてあの梅を取って参れ」などとむちゃなことを命じました。 しかしこの男坂、いま見ても凄まじい急勾配です。そのため、家臣はおじけづき、名乗りを上げる者は誰もおらず、何とも重苦しい空気が流れました。そのとき、愛馬の手綱を取る武士がさっそうと家光の前に現れ、石段を登り始めるのでした。 階段幅も思いのほか狭い急勾配の「出世の石段」(画像:立花加久) その武士の名は四国、いまの香川県の西部を治める丸亀藩の家臣・曲垣平九郎(まかぎ へいくろう)でした。平九郎は巧みな手綱さばきであっという間に石段を登ると、山頂にある愛宕神社にしっかりと参拝し「国家安泰」「武運長久」を祈ると、梅の枝を手折り、今度は下り坂を再び手綱を持って見事に下り切り、坂下で待つ家光にその梅の枝を献上するのでした。 いくさの無いこの太平の世の中にあっても、馬術の稽古を怠らない武士の鑑、日本一の馬術の名人だとして、ことの外喜んだ家光から平九郎は褒めたたえられ、名刀を一振り受け取りその後も大出世するのですが、晩年はいろいろあって意外にも浪人の身の上で一生を終えたといいいます。 いずれにしても、このようにオフの時間にスキルを磨き、いざというときに実力を発揮してワンチャンスをつかむ。コロナのいまをオフと見れば、いまにも通じる、アフターコロナに飛躍するためのヒントがこの逸話にはあるのかもしれません。 石段は計86段石段は計86段 そんな縁起の良い石段を目指して降り立った駅は、地下鉄の虎ノ門駅。虎ノ門といえばこのところ都内でも再開発ラッシュのエリアで、愛宕山をまるでぐるりと囲むようにそそり立つ虎ノ門ヒルズ(港区虎ノ門)を始めとした高層ビル群が壮観です。そのビルの間を抜けていくと大きな朱色の鳥居が目に入ります。 近代的な高層ビル街に突如として現れる朱の鳥居とサクセスステップの看板(画像:立花加久) その鳥居をくぐると、神社正面に立ち現れるのがまるで石の壁のような急勾配の86段の石段です。もはや難所ともいる40度の急勾配。足をすくませながら時間をかけてゆっくりと上がります。 山頂には『日本書紀』で火産霊命(ほむすびのみこと)、『古事記』で火之夜藝速男神(ひのやぎはやをのかみ)と呼ぶ、火の神を主祭神としてお祭りする愛宕神社があります。 創建は1603(慶長8)年。徳川家康の命により江戸の防火を願い祭られていますが、皮肉なことにその後に起こる江戸の大火や、大正時代に起こった関東大震災や昭和の米軍による大空襲と、幾度と無く災禍に見舞われています。 神様の布陣もマニアック そんな歴史に思いをはせながら境内を散策すると、いたるところに末社に祭られる神様や仏様と対面することができます。 水の神様である罔象女命(みずはのめのみこと)や、山の神である大山祇命(おおやまづみのみこと)、さらには武運の神様である日本武尊(やまとたけるのみこと)、将軍地蔵尊、普賢大菩薩、そして宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)を祭る福寿稲荷神社に、日本一の大天狗を祭る太郎坊神社。さらに七福神の弁財天舎と恵比寿社に大黒社と他では見られない少々マニアックな神様の布陣です。 火の神である火産霊命(ほむすびのみこと)を祭る愛宕神社(画像:立花加久) ちなみに当社のご利益は、防火、防災、印刷・コンピューター関係、商売繁盛、恋愛、結婚、縁結びといまどきの生活に結びついた内容です。 近くには異世界感あふれるトンネルも近くには異世界感あふれるトンネルも そんな山頂の神々にしっかり出世のお願いを済ませると、改めて先ほどの男坂の坂上に立って、足をすくませながらその山の標高と眺望を楽しみます。はるか下に先ほどくぐった鳥居が小さく見ます。 次に場所を神社の南側に移動させ、NHK放送博物館(港区愛宕)の前庭から下界に降りることができるデッキ階段や、シースルーエレベーターからの愛宕周辺の眺めも楽しみます。 ちょうどNHK放送博物館の前庭下を貫通する愛宕隧道(画像:立花加久) こうして見晴らしを楽しんだ後は、坂下に降りて関東大震災復興事業の一環として1930(昭和5)年に完成した愛宕山を貫く、異世界感あふれる全長76.6m、幅9mの愛宕隧道(トンネル)をくぐって散歩を締めくくりました。
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