VSE引退から見るロマンスカーの歴史
2020年から新型コロナウイルスの感染拡大が続き、鉄道各社は減収減益。企業がテレワーク推進に取り組んだ影響もあり、減便を余儀なくされています。来春のダイヤ改正でもJRをはじめとして鉄道各社が減便を打ち出しています。
そうしたなか、小田急電鉄が12月17日(金)に発表した来春のダイヤが話題になっています。来春、小田急は特急ロマンスカー50000形VSE(= Vault Super Express)を定期運用からはずし、2023年秋ごろをメドに引退させることを発表したからです。
今回、引退が発表されたVSE。白いロマンスカーということもあり、鉄道ファン以外にも人気だった
小田急は新宿駅をターミナルに、箱根や江の島といった観光地へと特急を走らせている大手私鉄です。ロマンスカーという呼称は、列車内で恋人たちが並んで座れるような座席「ロマンスシート」が由来。小田急の特急列車だけを意味していたわけではありません。
しかし、時代とともに各社はロマンスシートを廃止。小田急だけがかたくなにロマンスシートの特急を走らせていたこともあり、ロマンスカーという呼称が小田急を意味するようになりました。
小田急ロマンスカーには、自席まで入れたてのコーヒーや熱々の軽食を運んでくれるシートサービスがありました。現在でも新幹線車内で見られる、お菓子などをワゴンで運ぶ車内販売ではありません。小田急のシートサービスは“走る喫茶室”とも呼ばれるようになり、多くの利用者から人気を集めました。
厳密にはロマンスシートの列車を意味するロマンスカーですが、戦後に小田急が“走る喫茶室”といった斬新なサービスを導入し、車両のデザインにもこだわったことから歴代の小田急ロマンスカーは鉄道少年をとりこにしてきました。
さらに小田急ロマンスカーの人気を高めたのが、ウルトラマンシリーズです。ウルトラマンシリーズの監督として活躍した故・実相寺(じっそうじ)昭雄氏は、『昭和電車少年』といった著作があるほど鉄道好きの有名人として知られていました。
実相寺監督の影響もさることながら、ウルトラマンシリーズを手がける円谷プロダクションは小田急の祖師ヶ谷大蔵駅に拠点を置き、作中では小田急がたびたび登場します。ウルトラマンシリーズに夢中になった少年たちがロマンスカーにも憧れを抱くことは自然な成り行きだったのです。
小田急もロマンスカーとウルトラマンとコラボキャンペーンを展開するなど、ロマンスカーとウルトラマンはいい関係を築きました。
たくさんの種類があるロマンスカー
ロマンスカーにはたくさんの種類があります。
小田急ロマンスカーを世に知らしめることになったSEは、1957(昭和32)年に登場。流線型の先頭車両は当時としては斬新なデザインだったため、たちまち人気車両になりました。3000形は後に登場する東海道新幹線にも技術が転用されるなど、見た目だけではなく技術的にも超高速鉄道のパイオニア的な車両でした。
SEの後も、小田急は前面展望車のある3100形NSE(= New Super Express)を登場させてファンをとりこにします。NSEが登場した1963年は高度経済成長期のど真ん中にあたり、家族で旅行に出掛けるといった余暇を楽しむことが一般的になっていました。そうした社会背景も手伝い、箱根旅行への需要は急増。小田急ロマンスカーの名前は、全国区になっていきます。
その後も小田急は
・7000形LSE(= Luxury Super Express)
・10000形HiSE(= High Super Express)
・20000形RSE(= Resort Super Express)
など、続々と斬新なデザインのロマンスカーを登場させていきました。
特に、HiSEはハイデッカー車(高床式)で人気が高かったのですが、バリアフリー対応を理由に小田急から引退。しかし、その人気の高さゆえに他社から引き取りたいとの話が舞い込みます。HiSEは長野電鉄へと移籍することになり、現在は特急「ゆけむり」として活躍中です。
新宿から箱根へと走る特急ロマンスカーに変化の兆しが見えるのは1990年代からです。国際化という流れから海外旅行の需要が高まるとともに、社会環境の変化もあって家族旅行や社員旅行といった旅行需要は減少。箱根人気にも陰りが出てきます。
EXEは観光・通勤で両用できるよう前面展望を廃止。ロマンスカーっぽくない外観になった(画像:小川裕夫)
小田急は観光に特化した特急ロマンスカーの方針を変更し、1996(平成8)年には新型ロマンスカー30000形EXE(= Excellent Express)を登場させます。EXEはロマンスカーの特徴だった前面展望を廃止。先頭車両も流線型ではなくなりました。あくまでビジネス需要を取り込むことを優先したのです。EXEの登場は、小田急ファンを落胆させます。
そうした失望から一転させたのが、EXEの次に登場したVSEでした。2005年から走り始めたVSEは、前面展望と流線型デザインが復活。VSEのVがドーム型を意味するVaultのため、車体屋根が緩やかな曲線になっているのも特徴です。
デザインもさることながら、VSEはカラーリングも素晴らしいと評判でした。ボディー全体がシルキーホワイトという、これまでのロマンスカーとは一線を画す塗色にもかかわらず、帯のカラーに小田急伝統のバーミリオンオレンジをさりげなく使っていたのです。それが古参の小田急から支持を集めたほか、鉄道ファン以外からも「かっこいい」と評判を呼びます。
時代は観光から通勤へ
VSEによって復権したロマンスカーは、2008年に東京メトロ千代田線と直通する60000形MSE(= Multi Super Express)を、2018年には70000形GSE(= Graceful Super Express)を登場させました。また、登場から20年以上が経過した一部のEXEをミニ改造。新たにEXEαとして、2017年から運行を開始しています。
2018年から運行を開始した最新鋭ロマンスカーGSE(画像:小川裕夫)
VSEよりも古いEXEが現役で活躍していることからもうかがえるように、鉄道車両はメンテナンスを施せば30年は使用できるとされています。なかには、40年以上も走り続けている車両もあります。VSEもメンテナンスを施せばもっと長く活躍できるはずです。
VSEが予定通りに役目を終えると、その活躍期間は17年しかありません。VSEが短命なのは、特殊な車体構造に起因しているようです。
また、前面展望やシートピッチ(前後の座席間隔)などの観光客にターゲットを向けた構造もアダになりました。2020年からのコロナ禍により、観光需要が激減しているからです。
小田急は1999年からホームウェイと呼ばれる退勤需要を取り込む、新宿駅を夕方に出発する特急列車の運行を始めています。これは、疲れた会社帰りは、座ってゆっくり過ごしたいというビジネスマンの需要を取り込んでいます。そして、2018年からは出勤時間帯にもモーニングウェイの運行を開始。これも、おおむね好評を博しているようです。
観光から通勤へ――VSEの早すぎる引退発表は、私たちを取り巻く社会環境が変わっていることを示唆しているのかもしれません。