閉店したサンシャイン60通りの「セガ池袋GiGO」、オープン当時は「陽キャ」な施設だった!

9月20日に閉店したサンシャイン60通りのランドマーク施設「セガ池袋GiGO」。その歴史について、ルポライターの昼間たかしさんが解説します。


オープンは1993年7月

 サンシャイン60通りのランドマークだったアミューズメント施設「セガ池袋GiGO(ギーゴ)」(豊島区東池袋)が9月20日(月)、閉店しました。

豊島区東池袋にあった「セガ池袋GiGO」(画像:(C)Google)

 同店は1993(平成5)年7月、家電量販店「テックサンゴー」の跡地に「池袋GiGO」として開店。オープン当初は地下1階から7階までのフロアを使って、ゲーム機やプリントシール機が所狭しと並ぶお店でした。

 その後もゲーム大手のセガ(品川区西品川)のコラボカフェやたい焼き店が入居するなど、セガのゲームセンターの旗艦店としてだけでなく、全国のゲームセンターのトップに立つ店舗でもありました。

 営業最終日となった20日は三連休の最終日ということもあり、多くのファンが殺到。閉店セレモニーの様子はネットで中継されるとともに、コロナ禍のため、店舗前に人が集まらないように呼びかけられました。

 セガ池袋GiGOは「六本木GIGO」に続く店舗としてオープンしましたが、その当初から、大規模総合アミューズメントビルとして注目を集めていました。

 資料を基に1993年夏ごろの店内を見ると、まず1階には巨大なクレーンゲーム「ドリームパレス」と、巨大レースゲーム機の「バーチャフォーミュラー」が目を引きます。どちらも筐体(きょうたい)の巨大さに驚きますが、後者は機能も最先端。乗り込むと画面の左方向に自分の顔が映し出されます。今では当たり前かもしれませんが、当時は「自分がゲームの世界の中にいる」という没入感が新鮮でした。

 そんなインパクトのある1階を通って、2階に上がるとスポーツゲーム、3~4階はスロットマシン。5階は対人カジノとバー、6~7階はカラオケという構成です。本来主流だったはずのビデオゲームは地下1階に置かれていました。

 とりわけはやっていたのは、5階のカジノでした。既にバブル景気は終わっている時代でしたが毎日3~4万円をかけて遊んでいく人もいました。

「不良のたまり場」からの脱却


【2008年撮影】建物がまだ黄色かった頃の「セガ池袋GiGO」

画像ギャラリー

/wp-content/uploads/2021/09/210922_gigo_05-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/09/210922_gigo_06-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/09/210922_gigo_07-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/09/210922_gigo_08-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/09/210922_gigo_09-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/09/210922_gigo_10-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/09/210922_gigo_11-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/09/210922_gigo_12-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/09/210922_gigo_13-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/09/210922_gigo_14-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/09/210922_gigo_15-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/09/210922_gigo_01-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/09/210922_gigo_02-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/09/210922_gigo_03-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/09/210922_gigo_04-150x150.jpg

New Article

新着記事

Weekly Ranking

ランキング

  • 知る!
    TOKYO
  • お出かけ
  • ライフ
  • オリジナル
    漫画