クルマがなければ始まらなかった時代
小池百合子都知事は2020年12月、ガソリン車の販売を2030年までに廃止し、ハイブリッド車や電気自動車などに切り替える方針を表明しました。
時代はエコ。街を走るクルマを眺めても、燃費や荷物の積みやすさなど、コストパフォーマンスを重視した車種が人気です。たまに見かける車道楽な人も、羨望(せんぼう)のまなざしで見られることは少ないかもしれません。
かつての若者の必需品はクルマでした。メディアも当たり前のように、
・車 = クルマ
と片仮名で表記していた時代です。
1980年代のクルマのイメージ(画像:写真AC)
中でも1980年代のバブル景気から1990年代初頭までは、男女交際にクルマは必須で、親密度をアップさせる重要なアイテムと考えられていました。本当に親密度が増すかどうかはさておき、とにかくクルマがなければ始まらなかったのです。
女子大生の26%が「クルマ必須」
若年男性向け情報誌『スコラ』1988年1月28日号に掲載された調査では、女子大生200人にアンケートしたところ、男性を気に入る時の条件として、26%がクルマを持っていることを上げています。すなわちクルマを持っていなかったら、
「4回に1回は、無条件で振られる」
ということになります。
もちろんクルマが重視されたのは、当時話題だったデートスポットが公共交通機関の未発達な東京湾岸に広がっていた理由もあります。
当時発行されたデートのマニュアル本『東京クルージング・デートブック』(1989年、講談社)のオビには、
・クルマを飛ばしてアーバンからサバーバンを元気いっぱい遊びまくろう!
・ダッシュボードに常備のスーパー・デートバイブル
と書いてあります。
『東京クルージング・デートブック』(画像:講談社)
こうしたコピーからもわかるように、当時はマニュアル本を買うにも、まずクルマが必須だったのです。なお、サバーバンとは「郊外」を意味します。
トレンディースポットが湾岸に次々と誕生
この本には「パイク・ファクトリー」という当時の人気店が取り上げられています。この店はウオーターフロントを称する、湾岸の倉庫街に次々と誕生したトレンディーな店舗のひとつで、日産のショールームを兼ねた店でした。
本によると、パイク・ファクトリーは「入口にはパオとエスカルゴが展示されオリジナルブランド“パオサイド”が買えるショップもある」というもの。パオとエスカルゴは、いずれも当時人気だった日産のカーブランドです。
ショールームも兼ねた店内ではインド料理をメインとしたメニューが用意され、日本未輸入の音楽などが流れていました。
1990年頃の中央区勝どき(画像:国土地理院)
ちょっと行ってみたくなる店ですが、その住所は中央区勝どき。今ではタワーマンションが立ち並び、大江戸線に乗ればすぐに足を運べる場所ですが、当時はありません。もとからクルマで来る客以外は「お呼びでない」店だったのです。
このように、クルマがなければ行動範囲が狭まるため、当人にいかなる人間的な魅力があろうとも、自動的に「負け組」にならざるを得ない時代でした。そのため若い男性にとって、より格好良いクルマを手に入れることが人生の目標となりました。
理想はポルシェかフェラーリで、助手席に座った女性に高速道路の料金所でお金を渡して、通行料金を払ってもらう――といったような妄想を巡らせる男性も少なくなかったことでしょう。
もちろん、それは夢のまた夢。バブル景気の時代でも、ポルシェやフェラーリをポンと買えたのは限られた人たちだけ。学生や働き始めたばかりの社会人は現在の若者よりお金を持っていましたが、外車は高根の花で、怪しげな中古車でも買えませんでした。
女性からは「見栄っ張り」「成り金」との声も
それでも「スーパーカー」を手に入れるつわものもいました。
『スコラ』1987年9月24日号は「こ~すれば夢のクルマが手に入る!!」というタイトルで、若くして憧れのスーパーカーを買ったオーナーを取材しています。
そこで記されるオーナーたちがクルマを手に入れられたのは、ほぼ執念と貯金だけ。とりわけすさまじい執念の持ち主として取り上げられているのが、漫画家の新谷かおるさんです。
記事によれば、新谷さんは中学生のときから「死ぬほど欲しかった」トヨタ・2000GTを漫画家になってから「ムチャクチャに無理して」購入。結果、貯金をすべて使ってしまい、必死に働かずを得なくなったといいます。
トヨタ・2000GTのイメージ(画像:写真AC)
新谷さんの名作『ふたり鷹』や『エリア88』が生まれた背景には、2000GTの存在があったというわけです。そういえば、先日『エリア88』が漫画サイトで全巻無料公開されているとネットニュースで報じられ、話題となっていました。
しかし意外にも、外車に夢中になる男性たちの努力は女性から冷ややかな目で見られていました。外車を転がす男性たちに、女性たちは
・見栄を張っている
・成り金っぽい
など厳しい目を向けていたのです。
総合男性誌『GORO』1988年3月10日号では、女子大生の80%は国産車派であるとの調査結果を掲載しています。
もちろん、その国産車にも好き嫌いはありました。セドリックやグロリア、プレリュード、レビンあたりが格好良いクルマとして持てはやされる一方、マーク(監)やクラウンは人格すら疑われる格好悪いクルマとして認識されていたのです。
こうしてみると、女性にモテるためにクルマ、しかもスーパーカーを手に入れようという男性たちの努力は一見、愚かだったのかもしれません。
でもモテたいという一心で貯金をしたり仕事に励んだりする「努力」と「情熱」はとても美しいものだった――と筆者は考えています。皆さんはどうお考えですか?