コロナ禍で生まれた充実のサービス
飲食事業を展開するクマガイコーポレーション(渋谷区神南)は、コロナ禍の2020年10月にデリバリーサービス「SHIBUYA PREMIUM DELIVERY(渋谷プレミアムデリバリー)」を開始しました。
渋谷区内にある同社の直営店舗――割烹・ビストロ・ピザ・カフェ・串焼きと、趣の異なる5店のメニューを一括で注文・配達できるのが特徴で、たとえば子どもはピザで大人は割烹と、外出先のフードコートのようにデリバリーを活用できる便利さが好評。1000~2000円台が多いとされる平均単価も、約3500円と高い水準を維持してます。
同じく渋谷の代々木上原のイタリアレストラン「Quindi(クインディ)」は、2020年3月からワインを小分けした100mlボトルの販売をスタート。
「ボトル丸ごと買っても飲みきれない」という声や「自宅で食べるその日の料理に合うワインをアドバイスしてもらって、1杯分だけテイクアウトしたい」といった細かなニーズを拾い上げ、それぞれの料理と相性のいいワインを選ぶペアリングという楽しみ方を自宅向けにも提案しています。
「イエナカ外食」今後も定着の兆し
外出自粛を要請されたコロナ禍では、こうした「自宅にいながら外食の味や“体験”を楽しめるサービス」が数多く生まれました。
2021年3月18日(木)に行われたリクルートライフスタイル(千代田区丸の内)のオンラインセミナーで、直近の事例を紹介したのはホットペッパーグルメ外食総研・上席研究員の稲垣昌宏さん。
「コロナ禍では、飲食店のテイクアウトやデリバリーのメニューが充実しただけでなく、外食ならではの価値を在宅での消費に提供しようとする新たな挑戦も始まっています。『イエナカ外食』とも言うべきこうしたサービスのレベルは、今後ますます上がっていくでしょう」
と指摘し、その需要はコロナ禍が収束しても一定程度定着していくとの見方を示しました。
2020年外食産業は過去最大の下げ幅
コロナ禍における「外食機会の減少」と「在宅消費の増加」は、数字に明確に表れています。
日本フードサービス協会(港区浜松町)が2021年1月に発表した「外食産業市場動向調査」によると、2020年の総売上額は前年比15.1%減。1994(平成6)年の調査開始以来、最大の下げ幅を記録しました。
リクルートライフスタイルの資料でも、2020年度上半期(4~9月)の外食市場は売上額9757億円と前年同期比51.5%減。その一方で、テイクアウトやデリバリーなどを利用して自宅で食べる「中食」は7273億円(同21.2%増)と対照的な伸長を記録しています。
外食の中でも、とりわけ打撃を受けたのは、飲酒をメインに提供する飲食店。「外食産業市場動向調査(2020年)」を業態別にみると、居酒屋は前年比47.7%減、パブ・ビアホールは同57.3%減と大幅な落ち込みを見せました。
高級路線のキリン、会員制サービス
こうした状況を背景に、「外食ならではの味・体験を自宅でも」を狙う商品の展開は、大手ビールメーカーにも広がっています。
キリンビール(中野区中野)が2021年2月に新CMを開始したのは、「自宅で本格的な生ビールという新体験」をうたうビールサーバー「キリン ホームタップ」。同社の定番ビール・一番搾りプレミアムを専用サーバーで楽しめる月額8250円(税込、月4リットルの場合)からの会員制サービスです。
CMでは、「いらないと思う」「ビールなら家にあるし」と懐疑的な妻役の女優・天海祐希さんに対して、夫役を演じる俳優・中井貴一さんが「特別な生ビールが、家で飲めるんだよ?」「泡のクリーミーさが違うんだって!」と説得する様子がコミカルに描かれています。
サーバー会員数 「前年の5倍」目標
コロナ禍で機会が急増した「家飲み」ですが、トレンド傾向として注目され始めたのはすでに数年前のこと。
経済産業省が2016年8月にリリースした分析資料には、
「(2008年の)リーマンショック後、飲食に占める外食の割合が低下したが、現在は外食と内食は半々に回帰。しかし、その中で、『外飲み』は低下している」
「長期的な推移については、間接的なデータから『家飲み』=スーパー等における酒類販売は低下していないものと思われ、『外飲み』低下の影響が大」
「酒類の動向には、『外飲み』から『家飲み』へ動きがある可能性を示唆する結果となった」
との記載が見られます。
先の「キリン ホームタップ」も、サービス開始はじつは4年前の2017年6月。同社は「生活様式が大きく変わった2020年、自宅で過ごす時間が増えたことも後押しとなり多くのお客様にお申し込みをいただいています」と、コロナ禍での消費者の変化を捉えます。
2021年は同サービスのCMなどを強化することで認知度をさらに上げ、同年度末時点での会員数を前年約5倍の10万人とする目標を掲げました。
手軽で本格、アサヒの生ジョッキ缶
一方、「自宅のビールをもっと楽しく、もっと手軽かつ本格的に」とのコンセプトで2021年4月にお目見えするのは、アサヒビール(墨田区吾妻橋)が4年の期間をかけて開発した「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」。
「日本初」とうたう同品の特徴はまず、缶の上部が全開するふた部分。そして、ふたを開けた瞬間からシュワシュワモコモコと白い泡が自然発生する点です。
同社の調べでは、「生ジョッキ缶」の泡の粒子は缶ビールをグラスに注いだときと比べておよそ5分の1というキメ細かさ。さらに、グラスに注いだ泡は時間が経てば消えてしまいますが「生ジョッキ缶」は飲み終わるまで泡が出続けるという点も他と一線を画します。
飲み頃温度は家庭の冷蔵庫で冷やした4~8度。ふたを全開できることでクリーミーな泡と麦芽香るビールが一気に口に流れ込み、「まるで生ジョッキのうまさ」という商品コピー通りの味わいを実現しました。
今までの家飲みに足りなかったこと
「泡が自然発生する理由は、缶の内側に施した特殊な塗料です。塗料を焼き付けて微細なクレーター状の凹凸を缶表面につくり、ふたを開けたときの気圧差による自然発泡を、この凹凸によって増大する仕組みになっています」
そう話すのは、同社ビールマーケティング部のブランドマネージャー中島健さん。どうすれば生ジョッキのような缶ビールが作れるのか、特殊塗料という方法に行き着くまでに約2年、さらに塗料の量、塗り方、塗布後の焼き付けなどの方法を確立するまで2年の時間を要しました。
開発の背景にあったのは、やはり2017年前後から拡大していた家飲み需要です。
「ちょうど、第3のビールや缶チューハイ、アルコール度数の強いもの・弱いものなど商品が多様化して、家で安く手軽にお酒を楽しめるようになっていった頃でした。消費者の方に『家飲みに何か不満はありますか?』とインタビューしても『安くておいしい。もう家飲みでも十分満足できる』と答えるんですが、最後に『でも本当は……』とおっしゃったのです」
「でも本当は、お店で飲むような生ビールを家でも楽しみたい」――。その声をモチベーションに、とにかく“手軽に”本格的な生ビールの味をと、全社を挙げて開発に取り組んできたといいます。
家での体験、あくまで「きっかけ」
発売前のモニター試飲では、開栓した瞬間に「何これ、楽しい!」といった驚きの感想が次々と。企業コンセプトでもある、ビールを通して楽しさやワクワクといった“体験”を提供するという目標の実現に手応えを得ました。
折しもコロナ禍の春、オンライン花見やオンライン歓迎会などを盛り上げるアイテムとなりそうですが、中島さんはあくまで「生ジョッキ缶は、ビールの楽しさを知るひとつのきっかけにしてほしい」とも話します。
「コロナ禍の今は生ジョッキ缶でオンライン乾杯をして、『楽しい!』と感じていただいた体験を、コロナが収束したら今度は外のお店でも味わってもらいたい。人と人とのコミュニケーションは、やはり顔を合わせてこそ感じられる良さがありますから」
新商品としては珍しく、明確な販売目標は設けていないという「生ジョッキ缶」。数を売ることよりも、普段ビールを飲まない人にビールの楽しさを伝えたいとの思いが込められているそうです。
自宅消費と外食をどう結び付けるか
先述のホットペッパーグルメ外食総研・上席研究員の稲垣さんは、
「コロナ禍が収まっても『たまにはぜいたくな食事を』と思ったときに外食とイエナカ外食を使い分けしたい、と感じている人は多い」
とも解説しました。首都圏を対象とした同社のインターネット調査(2020年11月、有効回答数1万人)によれば、その数は51.2%と半数以上に上ります。
自宅でもお店の味や体験を再現できる精度が確実に上がった今、コロナ収束後も外食消費が以前と同程度に戻るか否かは未知数です。
飲食店にとってはもちろん、外食(業務用)での売り上げを重要な一翼とするビールメーカーにとっても、アフター・コロナの外食需要をいかに取り戻すかは重要な課題となります。
自宅での食事体験をきっかけに、「お店にも足を運びたい」という消費者ニーズをいかに喚起するかという仕組みづくりが、各飲食店やメーカーに求められているようです。