東京で突然「所持金0円」になった私 体験して分かった住みづらさの正体とは【連載】大原扁理のトーキョー知恵の和(11)

何とは言えないのだけど何となく息苦しい。そんな気持ちでいる人へ、東京で週休5日・年収90万円台という「隠居生活」を実践した大原扁理さんに生き方のヒントを尋ねる企画「トーキョー知恵の和」。今回のテーマは「東京と『マニュアル』」です。


マニュアル通りの対応のラクさ

 街のコンビニ、駅の自動改札、スマートフォンの電子決済――。現代の生活を支える「便利な仕組み」を、私たちは日々ほとんど意識することなく享受しています。でも、ある日突然そこから滑り落ちることは誰の身にも起こり得るもの。東京で週休5日・年収90万円台「隠居生活」を実践した大原扁理(おおはら へんり)さんが、“便利さの正体”について考えます。(構成:ULM編集部)

※ ※ ※

 私は23歳のときに愛知県の田舎から上京し、それから約8年間、東京で暮らしていました。

 おのぼりさんの目に映る東京は、とにかく人が多い。なのに、街のつくりやお店でのサービスなど随所に機械が導入されて、全てマニュアルにのっとって運用されているから、バシバシとスピーディーに、膨大な人や目的が処理されていく。

 スーパーでもセルフレジを使えば、人と話すのがめんどくさいときだって、ひと言も会話せずに生きていける。なんて便利な街なんだろう、と感動すらしたものです。

 マニュアルライフはいい。マニュアルのいいところは、生産性や効率が上がり、時間は短縮され、サービスは安定し、そして属人性が低いからいろんな人が働けること。

 しかし、暮らし方や立場が変わると、全く違う側面が見えてくることがあります。

 上京してから約1年半後、私は高い家賃のために働いているような都心での生活がイヤになり、郊外の激安アパートに“逃亡”しました。それまで続けていたコンビニのアルバイトもやめ、障がい者介護の仕事をするようになりました。

マニュアルはマジョリティーには便利だけど

 外で車いすを押していると、ちょっとした段差や斜面がけっこう怖いんです。

 お店や駅には車いすでも利用できるようなエレベーターやトイレがない場合もあって、街全体が健常者を前提に作られていることに、遅ればせながら気がつきました。

 ちょっと融通を利かせてくれたらなんとかなるんだけどな~、と思うことでも、マニュアル外の対応はお店に嫌がられることもあった。

 社会は放っておくとどうしても、需要が多いマジョリティー(たとえば健常者)向けに最適化されていきます。マニュアルは生産性や効率を上げる目的があるものだから、どうしてもマジョリティー向けに作られるのはわかる。

大原さんが東京で感じたことを描いたイラスト(画像:大原扁理さん制作)



 私が感じていた「便利さ」って、要するに自分が「マニュアル対応範囲内」に該当する間だけ、享受できるものだったんだな。

 それでも介護の仕事が終われば私は健常者(マジョリティー側)に戻ります。だから仕事以外の場面で、私が「マニュアル対応外」と通告されることは、ないと思っていました。

自分が「マニュアル対応外」通告をされた日

 私は2016年に台湾へ引っ越したのですが、日本へ一時帰国したその日に財布を落としたことがありました。東京のターミナル駅にいたので、とりあえず最寄りの交番に行き、遺失届を記入。

 お金がないので友人に電話して助けに来てもらおうと、交番の電話を借してもらえないか聞いてみました。すると、「これは交番の電話ですから、貸し出せません」。

 じゃあお金を貸してもらえますか? もちろん後でお返ししますので。「できません」。でも借用書を書けば、とりあえずの電車賃くらいは借りることができると、ラジオで聞いたんですが。「できません、そういう決まりなので」。

 うーむ、どうしたものか。

 帰国したばかりで日本の携帯を持っていない、財布を落としてお金がない。なのに交番ではとりつくしまも、イレギュラーな対応もなし。

 プログラムされた電話の自動音声としゃべってるようなもどかしさを感じながら、私はようやく気づきました。自分がいま、「マニュアル対応外」通告を出されたことを。

 キレイで便利でモノがあふれた東京という街で、お金を持っていない私は一瞬、途方にくれました。

 で、どうなったかというと、このとき直前に使っていたSuicaを、財布に戻すのがめんどくさくてポケットに入れていたことを思い出し(ナイスめんどくさがり屋!)、それでなんとか宿泊する予定だった友人宅にたどり着くことができたのでした。

 便利な東京には落とし穴がある。一度「マニュアル対応外」の通告を出されたらあとは落ちていくだけ、ひっかかるところはどこにもない。

「マジョリティー」という、知らずに履かされていた下駄をなくしたとき、はじめて「東京って不便で怖い街なのかもしれない」と思いました。

マニュアルが人間に負けるとき

 それでも足掛け8年も東京に住むことができたのは、便利なマニュアル至上主義のこの街で、「マニュアルがどうやっても“殺せない”人間らしさ」を見かけることがあったから。

 たとえば、私は冷たいものを飲むとおなかを壊すので、夏はカフェでアイスドリンクを「氷抜き」で注文するのですが、ちょっと迷惑そうな顔をされることがあります。出された氷抜きのアイスドリンクは、氷の分だけ減らされて、グラスに半分だけ。

 たぶんマニュアルでサイズごとに容量が決まってて、勝手に変えられないんだろうけど、私だったらひと回り小さいグラスを使うとかするのになぁ、とモヤモヤ。

 ところがとあるチェーン店で、東南アジア系の店員さんに、アイスカフェラテを氷抜きで注文したときのこと。どうやらエスプレッソマシーンには冷やす機能がついていなくて、アイスの場合はそこに氷をたくさん入れて冷やすため、アイスの氷抜きだと、かなりぬるめになってしまうようでした。

 店員さんはそれを見せるため、一度氷なしで作ったアイスカフェラテを持ってきて、私の手を取り、カップに当てました。「ね? ぬるいでしょ。だからふつうにホットにしなさいよ!」と言って、それを捨て、問答無用でホットカフェラテを用意してくれました。

大原さんが東京で感じたことを描いたイラスト(画像:大原扁理さん制作)



 自由だな~、と思ったものの(笑)、これこそマニュアルに殺されない人間らしさじゃないか! と静かに感動して、そのままホットカフェラテを買ったのでした(料金は1杯分でした)。

人間らしさのためにできること

 どんなにマジョリティー側の人でも、いつか「マニュアル対応外」通告を出されることはある。そのときのために、私もマニュアルにないような対応を目にしたときは寛容に受け入れ、たまには自分もイレギュラーな対応をして、「こうでなければいけない」とガチガチに凝り固まったこの社会の人間らしさを耕しておきたい。

 個人的には、緊急時などはこうしたことをするチャンスだな、と感じます。

 東京で十数年ぶりという大雪が降った日、仕事の帰りに駅からタクシーに乗ることにしました。するとみんな考えていることは同じようで、タクシー乗り場には長蛇の列が。

 全然進まないので、見ていると、タクシーが少ないにも関わらず、みんな律儀にひとりずつ乗車しているのです。でも北口から乗るってことは、みんな北方面に行くのでは……?

 私は自分の順番が来たとき、振り返って列の後方に向かって叫びました。「けやき台団地方面に行かれる方、一緒に乗ってください!」

 乗ってくれたのは、若いサラリーマンと、プネー出身のインド人。

 こうして私たちはタクシーと運賃をシェアし、安く早く帰宅することができたのでした。

 あのあと、私の次に乗る人から、同じ方面へのシェアライドが始まり、あの寒い大雪の大行列が少しでも早く解消してくれていたら嬉しいな、と思う。


【イラスト】週休5日・年収90万円台の「隠居生活」とは?

画像ギャラリー

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