サザエ・マスオお見合いの場所! 都心のデパート大食堂が一大「行楽地」だった思い出

国民的漫画作品『サザエさん』のサザエさんとマスオさんがお見合いをしたのは、デパートの大食堂。そう、この場所はかつて、庶民がおめかしをして出かける立派な「行楽地」でした。昭和の懐かしい記憶とデパートの現代史を、フリーライターの大居候さんがたどります。


休日に家族で出かける場所だった

 かつてのデパートの名物といえば大食堂。

 今では、休日に家族で出かける先は郊外の巨大なショッピングモールの方が多数派かも知れません。でも、昭和から平成に時代が変わる頃まで都心のデパートが、その役割を果たしていました。

 家族連れでデパートを訪れて楽しむという文化が始まったのは大正時代であることが知られていますが、これは日本独自のものでした。

 当時、欧米のデパートは女性客を主体としたもの。それに対して日本では各々のデパートが家族連れで楽しめる行楽の場として集客することを考え、そのための要素を発展させていったのです。

 その代表的なものが、かつてのデパートの象徴でもあった大食堂です。日本で最初に食堂を設けたデパートは、日本橋(現・中央区)にあった白木屋でした。

作者・長谷川町子さんの生誕100年を記念して2020年2月から2021年11月まで全68巻が順次発売されているオリジナル版『サザエさん』(画像:朝日新聞出版)



 現在のコレド日本橋のところにあったデパートで、1999(平成11)年に惜しまれつつ閉店した東急百貨店日本橋店の前身です。

 白木屋では1903(明治36)年から、お汁粉やそば、すしなどの軽食を食べられる店舗を置いていました。これがデパートにおける食堂の最初の例と言えます。

 その後、白木屋では1911年の改装に際し、これを拡張する形で100席あまりの大規模な食堂をつくっています。この食堂では昼食50銭、サンドイッチの白木屋ランチは20銭、お汁粉5銭、ゆで卵2銭などのメニューがそろっていました。

サザエさんのお見合いは1956年掲載

 1903年に白木屋が食堂をつくって以降、ほかのデパートでも食堂が設けられるようになり1907年には松屋が、1908年には大丸が相次いで30名程度の食堂を設けています。

 三越は食堂に熱心で、1907年に日本橋本店に食堂を開設した後、徐々に食堂の面積を拡張していきました。

 1922(大正11)年には300席あまりの第二食堂を開業。1927(昭和2)年になると、地階・5階・6階に合計で1000席あまりの食堂を備えるに至りました。この席数からも、当時のデパートがどれだけ行楽地として賑わっていたかがわかります。

 この三越の食堂で1930(昭和5)年から提供された「御子様洋食」が、お子様ランチの始まりです。現在も日本橋本店新館のレストラン・ランドマークで食べることができます。

 当時のデパートの大食堂を描いた作品として欠かせないのが、長谷川町子さんが『サザエさん』で描いたサザエさんとマスオさんのお見合いでしょう。

和洋中のメニューがそろい、休日は家族連れで賑わったデパートの大食堂。お見合いの場として選ばれることもあった(画像:写真AC)



 このお見合い、デパートの大食堂で行われています。このエピソードが最初に掲載されたのは1956(昭和31)年の『別冊サザエさん』です。このほかにも『サザエさん』にはたびたびデパートの大食堂が登場し、当時の風景を今に伝えてくれています。

『サザエさん』で描かれたこの、デパートの食堂でのお見合い。現代の価値観ではちょっと奇異に感じます。

 でも、この当時のデパートというのは行楽の場。それも、たまの休みにおめかしをして出かける場です(よそいきの服というものも最近はあまり意識されなくなりました)。ゆえに、お見合いの場として相応しい格があったわけです。

ファミレスやファストフードの台頭で

 しかし、そんな和洋中がそろって家族で楽しむことのできるデパートの大食堂は外食産業の発展と共に次第に価値を失っていきます。

 もともと、昭和の後期まで家族そろって外食ができる店というのは限られていました。デパートの大食堂は、その需要の受け皿だったわけです。

 ところが1970年代に入ると、これに新たな選択肢であるファミリーレストランやファーストフード店が次第に姿を増やしてきます。それまで、デパートの大食堂でしか見られなかった洋食も当たり前に食べることができるようになります。

 レジャーの多様化も、休日は家族でデパートに出かけるという習慣を過去のものに変えていきました。

 デパートに家族連れが集まる理由は、ウィンドーショッピングや食事を楽しむだけではありません。多くのデパートは劇場や催事場を設けていて、展覧会や博覧会なども楽しめる場でした。

昭和期ほどの活況は失われても、訪れると心が躍る感覚は今なお変わらないデパートの魅力(画像:写真AC)



 ようは、ただモノを売っているのではなく文化を享受する場としてデパートは利用されていたわけです。そうした需要もデパートからほかの施設へと移っていきました。このようなデパートの役割の変化が、大食堂の需要をもまた減らしていきました。

 1980年代に入ると、食の多様化も進みなんでも食べることができる大食堂よりも、ジャンルを絞った専門店のほうが人気を集めるようになっていきます。

 2004(平成16)年、最盛期には1000人規模という客席数を誇り東洋一と呼ばれた高島屋大阪店の大食堂が閉店したことは、大食堂が過去のものとなった出来事として大きく注目されました。

当時の雰囲気を残す都内の大食堂

 1フロアすべてが食堂というようなスタイルのものは都内からもすでに姿を消してしまいましたが、雰囲気を残しているところは、まだあります。

 前述の三越日本橋本店のランドマークや、日本橋高島屋のレストランローズ、松坂屋上野店のカトレヤなどは、往時の雰囲気を味わえる店といえるでしょう。

 また、日本橋高島屋の特別食堂は、まさに「特別」な感覚を味わえるまたとない場です。

 今や、扱っているブランドが何かという点が最も注目される要素になっているデパートですが、進物(しんもつ)のときの作法とか、何かの会合に呼ばれたときの服装などを相談しながら安心して買い物ができるのは、今でもデパートの重要な役割だと思います。

 そうした買い物の際にはレストランに立ち寄って特別な気分を味わうといいかもしれません。


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