「どこを探しても見つからないの……」 1匹の野良猫がいなくなり、彼女が激しく動揺したワケ

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「どこを探しても見つからないの……」 1匹の野良猫がいなくなり、彼女が激しく動揺したワケ

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山本葉子

東京キャットガーディアン代表

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家から駅までの通勤路で、毎日のように見かける茶トラの猫がいました。雨の季節にも、酷暑の夏も。深まる秋のある日、その猫はこつ然と姿を消してしまいました。いなくなって初めて、気が付いたこととは何だったのでしょう。東京キャットガーディアン代表の山本葉子さんが、ある女性と猫とのエピソードを紹介します。

路地で出会った丸顔の茶トラ

 東京。寒さが緩んで、いろいろな作業が軽くなる感じがしてきた2月の終わり。

 小さな広告代理店に勤めている彼女の仕事は、撮影用の小物をそろえたり配置を考えたるすること。それと雑用もたくさん。

 入社してまだそれほど多くの仕事はしていないけど、マテリアルの組み合わせにはちょっと自信がある。

 ある日の通勤途中、家から駅までの住宅街の路地に猫がいるのに気が付きました。

 焼いたパンのような香ばしい黄色。茶トラって言うんだっけ。まあるい顔で愛嬌がある。かわいいな。

 横目に見ながら会社に急ぎます。動物は好きだけど今まで一緒に暮らしたこともなく、テレビなどで猫の映像が流れると「きゃー♪」と思うくらい。

 それからけっこう頻繁にその猫を見かけるようになりました。

 と言うより、そこに今日もいるかも知れないと、彼女の方が目で探すようになっていました。

 大体いつも路地に張り付くように駐車している車のそばで、寝そべっていたり日向ぼっこのように見えたり。たまに何かで遊んでいるような様子だったり。

 見慣れてくると「なんとなく茶トラ」だったその子は、お腹のあたりが白いんだなと気がついたり、耳の片っぽが裂けてるように見えたり、しっぽが中途半端な長さだなと思ったり。

少しずつ縮まる距離

「おはよ」
「あったかいね」
「ヤァ」

 適当な言葉をかけて毎日通っているうちに、猫の方も慣れたのか出会い始めの頃の緊張した感じが無くなっていって、返事でもしてきそうな表情でこちらを向きます。

 エサを誰かにもらっているんだよね。でも足りているかな? おやつなんか食べるだろうか。

 コンビニで見つけた猫用のササミ。パックに入っている商品を今まで気にもしていなかったけれど、猫を飼っている人はこういうモノも買っているのね。

 あげてみたらすぐに寄ってきて匂いをかいでパクッと。

 なんだかとてもうれしい。受け入れてもらった感じ。この猫が喜んでくれることがこんなに自分もうれしいなんて。

雨の季節がやってきて

 行き帰りにおやつをあげる。

 猫は寄ってきて、お礼なのか頭をスリッとこすり付けて行きます。

家から駅までの通勤路で、毎日のように見かけるようになった茶トラの猫。おやつをあげると、頭をこすり付けてきた(画像:写真AC)



 そうこうしているうちに雨の多い季節がやってきました。毎日よく降ります。

 猫はいつもの車の下で、雨宿りしながら待っているようになりました。

「早くやむといいね」
「出かけられないね」

 話しかけながら、この子は生まれてからずっと外にいるんだろうなと想像します。それともどこかにおうちがあるんだろうか?

 天気が良かった時期には考えもしなかったことが次々と浮かぶようになって、「野良猫ってそもそも大変なんじゃ……」

記録的な暑さ、真夏の路上

 会社の昼休みにネットで「野良猫」とか「そとねこ」とか「地域猫」とか、検索で出てくる関連ワードを調べまくって、たどり着いたショッキングな写真の数々。

 やせてボロボロの老猫。けがをしてるショット。保健所に持ち込まれた子猫たち。

 のほほんと「外の暮らしは自由でいいよね」くらいに思っていた自分のすぐ横で、こんな世界が展開していたことを知った彼女は、なぜか自分の机の周辺を片付けたりふいたりし始めました。

 いつもの行動、いつもの知っている日常に戻りたかったのだろうと、後になってそう思ったそうです。

 いったん気がついてしまったら、知らなかったときには戻れない。

 夏、毎年言われる「記録的な暑さ」はその年も更新されて、屋外の気温は正気ではいられないほど。地面が焼けるように熱い。

 おやつに加えてペットボトルのお水も持ち歩いてあげるようになった彼女は、猫がやせてきているような気がして心配になります。

「勝手に動物病院に連れていったらよくないかな?」

 自分以外でエサをあげている人と今までに会ったことは無く、ご近所さんもたまに見かけるくらいでお互い声を掛け合ったことも無し。

 どうしていいかわからなくて、高栄養フードやゆでた鶏肉をあげたりして少しでも栄養をつけてもらおうとします。

 幸い猫の食欲はいつも通りでよく食べます。

「夏が終わったら……」

 涼しくなるよ、と声をかけようとして、涼しくなって、その後冬が来て、この場所で凍えながら人を待って。

 いつか外で治療もなく看取られもせず死ぬときが来るんだと、それはこのままなら避けられない事実なんだと。

この子と一緒に暮らしたい

 彼女はその子をおうちに入れるという選択肢について本気で考え始めました。

 アパートの大家さんに直談判しましたがNG。猫の飼育がOKの物件に引っ越すしかありません。

 探してみると条件に合う物件はとても少ない。「ペット可」と書いてあっても猫はダメだったりする。

 秋になったら賃貸物件がもっとたくさん出てきますよと不動産屋さんに言われて、焦りながらも少し待ってみることにします。

 会社での仕事は季節を先取りして、来年の春の撮影が始まっています。

あの猫を家に迎えてあげたい――。女性は「猫飼育OK」の物件を探し始めたが(画像:写真AC)



 柔らかで生き生きした色のカーテンや雑貨を見つくろいながら、「あの子と初めてあったのはこの季節だったな」と思い出します。

 外は秋。もうかなり寒い日もあったりして。

それはある日、突然に

 猫がいなくなりました。

 路地にいない。いつもの車の下にもいない。

 1日2日はざわつきながらも行き過ぎましたが、3日目になるとさして広くもない路地を何十往復もして探し回りました。

 会話したこともない近所の方にも聞いて回ります。

 たまに撮ってた写真があるのを思い出して、小さなチラシを作って「猫を探しています」と書いて貼った。他にできることは? どこに行っちゃったんだろう? もしかしてけがか事故?

本当はずっと一緒に暮らしてたんだ

 同僚に相談して、家族にも電話して、でも道で出会う猫のことでこれほど大騒ぎする彼女の様子に皆驚くばかり。

 夜、何十回目の路地の捜索から疲れて戻って、おさななじみの彼から「大丈夫だよ、きっと帰ってくるよ」と言われたとき、彼女は取り乱してしまい、大声で泣いたり物を投げつけたりしてしまいました。

 想像が悪い方へ悪い方へと向く、どうしてこんなに胸がつぶれるほど悲しいのか。

「だってずっとあの子の飼い主だったんでしょ。毎日会ってたんでしょ」

 そう彼に言われて分かりました。

 春からずっと一緒に暮らしてた。おうちは一緒じゃなくても、気持ちが通じて寄り添って同じ時間を過ごしてた。

同じ時間を過ごしてきた猫、きっとこれまでも、ずっと一緒に暮らしていたんだと気づいた彼女(画像:写真AC)



 だから探さなきゃ。どんな結果が待っていても家族なのだから見つけてあげなくちゃ。

 毎日の捜索は続きます。

 猫を探していることを聞いた人たちは、最初は自宅の猫が逃げたのだと思い、続いて道で出会っただけの猫を探していることに驚きますが、彼女はもう慣れっこになっていて、

「大事な子なんです、見かけたら教えてください」と。

 冷たい冬の朝、電話がかかってきました。

そして本当の家族になった

「猫を探してますか? 似てる子が今うちに」

 あの路地からあまり遠くない小さな一戸建て、おばあちゃんの住むおうちに猫は保護されていました。

※ ※ ※

 ここまでの話を聞かせてくれた彼女は、保護猫カフェで写真を取り出して「先住のゴンちゃんです」と、ふくふく丸顔の茶トラ君を紹介してくれました。

 猫の保護団体で面談を受けて、2番目の家族を迎えにきたのです。

 ゆっくり見ていってください。いいご縁がありますように。

※ 猫を引き取った個人のプライバシーなどに配慮し、写真は全てイメージ画像です。

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