時代背景や食トレンドが反映される鍋
木々が赤く色づき、気温も一気に下がり始めて、2020年も鍋が恋しい季節がやってきました。
この季節になると、筆者(有木真理、ホットペッパーグルメ外食総研・上席研究員)も「2020年はどんな鍋がはやりますか」と、毎年多くの取材をいただきます。まさに日本の冬と言えば鍋、この季節の風物詩といって過言はありません。
過去の鍋トレンドを振り返れば、2016年は「シンプルリッチ」。つまり、食材1点特化の鍋がブームとなりました。
2017年は「極シメ鍋」。鍋の醍醐味(だいごみ)と言えばシメということで、お米で雑炊やリゾットにしたり、そばやうどん、中華麺やパスタなどさまざまな麺を投入したり、なかにはパンを入れたりするつわものまで登場しました。
そして2018年は健康ブーム、フィットネスブームもあり、野菜や高たんぱく低カロリーな鶏などを使用した「美ボディ鍋」と、その真逆のハイカロリーで一見体に悪そうな「背徳鍋」にブームは二極化しました。そして2019年は「生スパイス鍋」がトレンドに。
このように鍋のトレンドは「鍋単体のトレンド」ではなく、時代背景や食のトレンドが反映されているのです。
2020年の鍋のトレンドは
2020年は新型コロナウイルスの感染拡大により、人々のライフスタイルや働き方、食生活など、さまざまなジャンルで変化が起こりました。
一方、外食は変化したというより、徐々に起きていた傾向が一足飛びに進んだと言えそうです。感染拡大という未曽有の危機によって起きた事象は、もともと潜在化していた事柄や課題が露呈しただけのように思われます。
ライフスタイルの変化で、食事をする相手や場所、時間帯などが変化し、かねて言われていた、「食のボーダレス化」は一気に加速したのです。
また緊急事態宣言による休業要請で、外食業界もテイクアウトやデリバリーをやむを得ず始めた店舗も少なくありません。また営業を続けたお店でも「3密(密閉・密集・密接)」の回避や、非接触対応、消毒やマスクなど、衛生管理の徹底が求められました。
そういったなか、筆者が2020年に注目したい鍋は「ひとり鍋」です。この「ひとり鍋」についての見解とともに、今後の可能性について論じます。
不動の1位「すき焼き」を倒した鍋とは
筆者が上席研究員を務めるホットペッパーグルメ外食総研(リクルートライフスタイル)は、経年で「みんなの食べたい鍋ランキング」という調査を行っています。2020年は新型コロナウイルスの影響もあり、感染防止の観点からみんなで同じ鍋をつつくというシーンが少ないと考え、「ひとりで食べたい鍋」について調査しました。
そして調査の結果、「キムチ鍋」が8年連続で1位だったすき焼きに倍以上のポイント差をつけ1位となったのです。これはキムチ鍋は刺激が強く、好みのわかれる味であることに加え、自分好みに辛さをアレンジできるという、「ひとり鍋」ならではの結果と言えます。
また3人にふたりが「ひとり鍋」の経験者であると回答し、その魅力は「他の人に気を遣わず自分のペースで食べられる」が第1位。「手軽に作れるから」「一人分の出汁などの商品も出てきているから」と続きました。
新型コロナウイルスの影響が上位になるという仮説のもとで調査に入ったため、驚きの結果となりました。
コロナ禍が原因でニーズは高まったのか
筆者は今回の結果について、潜在的なニーズが露呈しただけだと考えます。
その理由は、2019年以前に「鍋をするときに気になること」について調査したところ、「直(じか)箸でよいか」「取り分けるべきか」「食材を入れる順番」など、他人に気を遣うような回答が上位を占めていたからです。つまり、「ひとり鍋」ニーズは新型コロナウイルス感染拡大前から消費者の傾向として存在していたのです。
鍋は体が温まるし、調理も簡単。みんなでワイワイ囲んで宴会をすることは何より楽しく、メリットが多い冬の人気コンテンツです。一方、自身の好みに合ったものをチョイスできないというデメリットも存在しています。
そのようなことから、「ひとり鍋」のニーズはそもそも高まりつつあったのです。晩婚化、働き方改革など人々のライフスタイルの変化に伴い、個食化が進んでいることも、新型コロナウイルス感染拡大前から起こっていた社会現象と言えます。
以前から「ひとり鍋」の人気店は存在した
六本木、表参道、銀座で展開するきのこ鍋専門店「Shangri-La’s secret(シャングリラズシークレット)」。
こちらでは、30種類のキノコを煮だしたブラックスープを味わう薬膳鍋が楽しめます。メニューはかわいくおしゃれなベトナム産の鍋でひとりずつ提供され、自身の好みの火通し具合で味わえます。人に気を遣って味を決めたり、取り分けしたりしなくてもいいのです。
もちろんこのブラックスープの鍋がとてもおいしくて、美容にも良く、おしゃれであるという大前提はあってこそですが、年中大人気のお店となっています。
今後も高まる「ひとり鍋」需要
食品メーカーも個食対応のため、多くの「ひとり鍋」用のスープやセットメニューを開発していることから、外食に限らず、「ひとり鍋」を意識する人が今後増える可能性は高いでしょう。外食業界もこのマーケットを捉えれば、集客につなげられる可能性が高くなります。
しかし外食の競合は外食ではなく、前述のとおり「食のボーダレス化」です。そのため、自炊や中食(総菜やコンビニ弁当などの調理済み食品を自宅で食べること)では体験できない、外食ならではの「ひとり鍋」を開発することが重要となります。
これまで提供してきた鍋を単に「ひとり鍋」へ替えるのではなく、
・意外な素材の組み合わせ
・「超激辛」「超こってり」などの衝撃さ
・味変や驚きの演出などのプロフェッショナルさ
・他人とシェアしにくい製品の開発
に期待したいところです。
とはいえ、外食の醍醐味は人と人とのコミュニケーションです。みんなでワイワイとテーブルを囲んだ外食シーンが日本中に、いや世界中に戻ってくることを信じ、願ってやみません。