放送終了後も人気の『半沢直樹』
TBS日曜劇場『半沢直樹』が9月27日に最終回を迎え、1か月以上が経過しました。前回に引き続き番組は大ヒット。世帯平均視聴率は全話を通して22%を上回り、最終回では32.7%を記録しました。
動画配信サービス「Paravi」の人気ランキングでも前回シリーズが4位、新シリーズが2位と上位を占めています(11月7日時点)。
今回のロケ地に使われたビルは2013年版と同じものが多かったですが、半沢直樹が出向した「東京セントラル証券」のビルは新たに使われたもののひとつです。
2010年1月放送のスピンオフ企画で、この建物の外観は内藤証券(大阪市)の東京営業部の入るビル(中央区日本橋兜町)が使われていましたが、新シリーズは同じエリアにある兜町第1平和ビルの位置に設定されていました。
しかしそこに別のビルをはめ込んだという指摘があったり、日本橋交差点にある柳屋ビル(中央区日本橋)との説もあったりするので、筆者(増淵敏之、法政大学大学院教授)も改めて新シリーズを再度視聴しましたが特定できませんでした。これは、新シリーズのロケ地で最大の謎と言えるでしょう。
なお、東京セントラル証券の内部は市長室が狛江市役所(狛江市和泉本町)、社内通路は横浜のセンター北のモザイクモール港北・都築阪急(横浜市)とさまざまに工夫が凝らされていますが、東京セントラル証券のビルの外観だけはわかりません。
日本橋のビルと明から来た漢方医との関係性
内藤証券の東京営業部が入るビルの正式名称は、兜町偕成ビルといいます。1962(昭和37)年に建設され、1998(平成10)年にリニューアルが行われました。
ビルの所有者は、1928(昭和3)年に一般機械製造を目的に設立された中央工業から発展した貸しビル業・遠山偕成(かいせい)です。同社は東京と福岡を中心に事業展開しており、なぜか港区高輪でパン店「Liebe(リーベ)」を運営しています。
また、前述の柳屋ビルも不思議な経緯を持っています。
ビルの敷地は、およそ420年前の1590(天正18)年に、明(現・中華人民共和国)からやって来た漢方医・呂一官(ろいっかん)が徳川家康から御朱印地(年貢諸役を免除された土地)として拝領した由緒ある土地なのです。
呂一官は漢方医だったことから薬草・香木などに詳しく、臙脂(えんじ。紅、口紅)やおしろい等の製造販売を手掛けていました。
当初は浜松に屋敷を拝領しますが、家康の江戸入府(1590年)とともに現在柳屋ビルのある場所を拝領したと言います。彼の菩提(ぼだい)所は清澄白河の本誓寺(江東区清澄)にあり、石碑の名前の横に「柳屋」と彫られています。
当時の記録を見ると、御朱印地の面積は「日本橋通弐町目西側北角 京間口十間 奥行二十間」と書かれているため、柳屋ビルの敷地面積の3割程度、約200坪だったと考えられます。
呂一官はこの場所に屋号を「紅屋」と称した店を構えました。彼の没後、事業は辻家、堀家、外池(といけ)家へと承継。この紅屋がのちの柳屋となり、現在の柳屋本店(中央区日本橋馬喰町)の化粧品事業の源流になったのです。
作品に重厚感をもたらすロケ地のビル
事業を承継した外池家は近江商人で、外池宇兵衛(うへえ)正保によってその基礎が築かれ、宝暦年間(1751~1764年)に北関東で薬種行商を展開。その後は清酒醸造業、酒屋、運送業を中心に業績を伸ばしました。そして文政年間(1818~1830年)に「柳屋」を買収、承継したとされています。
柳屋は数奇な経歴を持つ企業です。承継時の当主は外池半兵衛正義といいましたが、改名し柳屋五郎三郎と名乗りました。その後は香油を中心に整髪料に特化しました。これが一世を風靡(ふうび)した「柳屋ポマード」に結び付いていきます。
なお近年は「柳屋あんず油」など、女性向け商品に力を入れたり、輸入オーディコロン「4711」の販売で知られたりしています。
明治期にビル化の構想が持ち上がったそうですが、関東大震災(1923年)や太平洋戦争(1941~1945年)などの影響で、1950(昭和25)年になって柳屋ビルディングという会社を設立。1964年に現在のビルが完成しました。
ビルはガラスブロックとガラスを組み合わせ、障子窓を並べたような水平窓が特徴的で。現在も日本橋のランドマークのひとつになっています。
話を最初に戻しましょう。『半沢直樹』における東京セントラル証券のビルはいまだ謎のままですが、これを機にロケ地になったビルの歴史をひも解くのも楽しいかもしれません。
東京中央銀行本店の建物に使われた三井本館(中央区日本橋室町)、東京中央銀行本店の廊下や大会議室に使われた学士会館(千代田区神田錦町)、階段ロビーに使われた東京国立博物館(台東区上野公園)、2階の喫茶店に使われた日本工業倶楽部会館(千代田区丸の内)といった歴史的な建造物は、ドラマに一種の重厚感をもたらすことに寄与しているのですから。