「志村けん」だけじゃない 都内でたった2つしかない国宝建造物がある「東村山市」を巡る【連載】多摩は今(2)

東京都の多摩地域北部に位置する東村山市は、コメディアン・志村けんさんのふるさととして知られていますが、魅力はそればかりではありません。まち探訪家の鳴海侑さんが解説します。


あえて秋津駅から出発

 多摩北部に位置する東村山市。2020年に亡くなったお笑い芸人・志村けんさんのふるさととしてご存じの人もいると思います。一方、具体的にどのようなまちかはあまり知られていません。そこで今回は東村山市を一回りするように巡り、紹介していきます。

東村山市(画像:(C)Google)



 東村山市は市中心部を通る西武新宿線でアクセスするのが一般的ですが、あえて西武池袋線の秋津駅からスタートしましょう。秋津駅は約350m離れたところに武蔵野線の新秋津駅があり、一応「乗換駅」とされています。池袋からやってきて秋津駅のホームを降りると改札口の手前に武蔵野線の発車時刻が出ています。

 メイン出口である南口の前に駅前広場はなく、細い道と飲食店が目につきます。改札正面を右に曲がって道なりに進むと新秋津駅方面で、沿道は飲食店、携帯ショップ、居酒屋、ラーメン屋などが立ち並ぶ商店街です。

 ただ、買い物のためにこの通りを歩いている人よりは乗り換えを急ぐ人が目立つので、「商店街らしさ」は薄い印象を受けます。また、一般的な商店街はまっすぐ1本の通りで伸びていることが多いのに対し、一度クランクしないと新秋津駅にアクセスできないことも商店街感が薄い理由でしょう。

 また、秋津駅から新秋津駅を結ぶ道は歩行者天国ではありませんが、行き交う人が多いため、歩行者天国に近いような人の広がり方をしていることもこの通りの特徴です。

3自治体にまたがった秋津駅

 この秋津駅から新秋津駅にかけての通り一帯は東村山市の北端にあたり、秋津駅自体は東村山市、清瀬市、埼玉県所沢市の3自治体にまたがっています。そのためにまちづくりには自治体間の連携が必要になります。

秋津駅の位置と秋津駅前の商店街(画像:(C)Google)

 また、東村山市は北端にある秋津駅周辺を拠点とも位置づけにくいのが実情です。そのため駅前の再開発が思うように進まず、現在のような駅前の風景になっているのです。

 さて、新秋津駅前に着くと、こちらには駅前広場があります。西武バスが乗り入れており、中でも久米川駅行きのバスは1時間に3~4本あります。この久米川駅行きのバスに乗り、東村山市を北から南へ縦断します。

大規模な医療機関が集中するエリアも

 新秋津駅を離れたバスは、武蔵野線の横に作られた道を南へ向かいます。車窓右下には掘割(地面を掘ってつくった場所)を走る武蔵野線が見え、ときどき研修用車両や作業用車両が停車しているところが見られます。

 武蔵野線から離れていったん少し東へ向かうと車窓左手に森が広がります。ここはハンセン病の国立療養所・国立療養所多磨全生園(たまぜんしょうえん。東村山市青葉町)です。全生園の正門前で再び南へ向かうとまた車窓左手に森が広がり、東京都保健医療公社多摩北部医療センター(同)があります。他にも近辺には病院が多くあります。

国立療養所多磨全生園や東京都保健医療公社多摩北部医療センターがある東村山市青葉町(画像:(C)Google)



 このエリアは昔、東京都心に近い療養地として好まれていたため、大規模な医療機関が集中したのです。

 医療機関があるエリアを抜けると低層の一軒家が目立つ多摩らしい住宅地の中を走り、久米川駅北口に到着します。

久米川駅から1駅で東村山駅に

 久米川駅は西武新宿線の駅で、駅前にはビルが立ち並びます。駅周辺には大型スーパーや商店街もあり、買い物で訪れる人が多く見られます。

 また西武新宿線を挟んで南北を結ぶ踏切は多くの人が行き交う姿も見られます。対して駅はホームこそ長いものの大きくはなく、ホームの後ろにビルが迫る風景が独特な駅です。

ホームの後ろにビルが迫る久米川駅(画像:(C)Google)

 久米川駅から西武新宿線の所沢方面の電車に乗ると1駅で東村山駅です。東村山駅は西武新宿線と国分寺線、西武沿線が交わる駅です。

 西武鉄道は国分寺から川越まで至る鉄道が起こりで、国分寺から東村山を結ぶ国分寺線は、実は西武の中で最初に開通した路線の一部です。

 また、新宿線もはじめから西武新宿・高田馬場と川越を結んでいたわけではありません。東村山から川越市駅間は西武でもはじめに開業した路線で、西武新宿から東村山までの区間は開業時「西武村山線」と呼ばれていました。

西口から徒歩10分で現れる国宝建造物

 そんな西武鉄道の歴史が感じられる東村山駅を降り、東口へ向かうと「志村けんの木」として3本のケヤキがあります。10月末まで、この木の横に志村けんさんの銅像を建てようというクラウドファンディングが行われていました。

 また、駅の東口にはイトーヨーカドー東村山店(東村山市本町)、西口には再開発ビルのワンズプラザがありますが、駅周辺のにぎわいでは久米川の方がにぎわっているように感じます。

 ところで、東村山には東京都内でふたつしかない国宝の建造物があります。それが東村山駅西口から10分ほど歩いたところにある正福寺地蔵堂(同市野口町)です。

国宝の正福寺地蔵堂(画像:(C)Google)

 駅西口から西へ延びる通りを進み、JA東京みらい東村山支店の先を右に曲がった正面にあります。右折するところに東村山市が作った小さな案内看板はありますが、国宝という重要な文化財としてはかなり注目度の低いものといえそうです。東京都にもうひとつある国宝建造物・迎賓館(港区元赤坂)とは対照的です。

 しかしながら、実際に建物を見ると、小さいながらも立派な作りです。鎌倉幕府第8代執権の北条時宗にゆかりのあるお寺で、地蔵堂は室町時代に建立された禅宗様(ぜんしゅうよう)建築です。

 外観はいつでも見られますが、内部が公開されるのは年3回のみなので、それに合わせて訪れてもいいでしょう。

「となりのトトロ」のモデルになった病院も

 正福寺地蔵堂から北へ進むと西武多摩湖線の北側に丘陵地が広がります。丘陵地は都立公園の八国山緑地となっており、スタジオジブリが制作した映画「となりのトトロ」のモデルにもなったところです。

 実際にモデルになったのは八国山緑地の中にある新山手病院(東村山市諏訪町)で、作品内ではサツキとメイのお母さんが入院していた「七国山病院」として出てきました。

 八国山緑地は「トトロの森」とも言われる狭山丘陵の森の一部をなしており、東村山でも「となりのトトロ」の世界を感じることができます。

正福寺地蔵堂の奥が八国山緑地(画像:(C)Google)



 また、「となりのトトロ」では明言されてはいないもののサツキとメイのお母さんは結核で入院していたのではないかと言われており、先ほどの医療機関群と併せて東村山市周辺は東京都心に近い療養地として選ばれやすかったことが伺えます。

 現在も狭山丘陵の緑地をはじめとして緑が多く残ることから、住むには適した環境です。

 秋津、久米川、東村山と見てまわりましたが、多摩の住宅地や豊かな自然環境、ユニークな成り立ちの商店街などがあり、巡ってみると実に面白いまちだと思います。

 また、今回は紹介できませんでしたが、酒造や東村山やきそばといった食でも楽しめるまちです。ぜひ、志村けんさんの出身地というだけではなく、特徴のあるまちとして東村山を訪ねてみてください。


【航空写真】40年以上前の「東村山駅周辺」を見る

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