「世界の全てを寿司にする」と豪語
寿司(すし)を愛し、「世界の全てを寿司にする」とまで豪語し、数々の寿司グッズを作り出している男性がいます。東京在住のデザイナー、鈴木龍之介さん。ブランド名はずばり「メゾン寿司」。
何が彼を駆り立てるのか、そもそも寿司の魅力とは――? そして寿司グッズに込められた、もうひとつの熱い思いとは何なのでしょう。
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「寿司」と聞いて私たちがまずイメージする握り寿司は、1800年前半頃、江戸の街で誕生したといわれています。
新鮮なネタをその場で握るスタイルはせっかちな江戸っ子の好みに合い、たちまち庶民の胃袋を支える定番として普及していきました。
それから約200年後の1993(平成5)年に誕生した鈴木さんも、小さな頃から魚と釣りと寿司が大好き。母親の実家が、人口当たりの寿司店数日本一(2015年総務省調べ)を誇る山梨県ということもあり、お祝い事といえば何かと寿司を食べて大きくなりました。
高校生の頃からフリーペーパー制作などに携わり、デザイナーの道を歩み始めた鈴木さん。彼の中でデザインと寿司が結びつくまで、そう時間は掛かりませんでした。
2015年、2016年と、渋谷パルコ(渋谷区宇田川町)などで開かれた企画展「寿司ポップアップショップ」に若手作家のひとりとして参加。現在のブランド「メゾン寿司」の原型となる作品を発表します。
そして2017年8月、当時通っていた東京造形大学院(八王子市宇津貫町)の産学協同開発プロジェクトを通じて山梨県富士吉田市の田辺織物と出会ったことにより、共同での寿司グッズ作りが本格的にスタートしました。
困難を極めた制作の試行錯誤
つやつやとした赤身やトロの質感。粒立ちのよいふっくらした銀シャリ。
「メゾン寿司」が展開するアイテムは、田辺織物が生み出す端整な生地で作られています。
「既存の寿司グッズは(絵柄を印刷した)プリント物が多いのですが、細かな質感まで表現できる織物で寿司を作ったら面白いのではないか? というのがブランド立ち上げ当初の着想です」
「田辺織物は『金襴(きんらん)織り』と呼ばれる華美なラメ糸を使った織物の座布団生地を70年以上作り続ける老舗メーカー。魚皮のキラキラとした質感を表現できるのは、こうした高い技術を持つ田辺さんとのタッグでしか実現できないと思いました」(鈴木さん)
ただ、その道のりは困難を極めました。
「織物できれいに色を出すためのノウハウは数多くありますが、『寿司らしい質感』を出すためのノウハウはどこにもありません」
いわゆるキレイな生地を作る方法だとかえって不気味になってしまったり、どこかチープに見えてしまったり。
試行錯誤を繰り返してようやくサンプルが出来上がっても、いざ量産しようと思うと不具合が発生するなど、重ねた試行錯誤は数知れず。
仮説検証を繰り返し、繰り返し、富士吉田市でのイベントや東京都内の展示会への出展などをへて、2020年3月7日(土)、「さかなの日」記念日、ブランド「メゾン寿司」のオンラインストアをオープン。3年がかりのプロジェクトをついに結実させました。
インパクトとシンプルの最適解
来る2020年11月1日(日)は「寿司の日」記念日。この日に併せてオンラインストアには数々の新作グッズが登場予定です。
「寿司カード&コインケース」は、赤身・トロ・サーモンに加えてアジ・イカ・ハマチの3種が初登場(税別3200円)。魚らしいキラキラとした皮のきらめきが織り糸と織り目で繊細に表現されています。ネタ(ケースの上ぶた)とシャリ(本体)を留めるスナップボタンは、ワサビをイメージした黄緑色のアクセント。
ほかにも、ちょっとしたお出掛けに重宝しそうなコンパクトサイズの「寿司サコッシュ」や、左胸に寿司デザインのポケットをあしらったスウェットシャツなど、多種多彩な品ぞろえ。
リアルとデフォルメ、インパクトとシンプルのちょうどいいバランスを取るデザインは、想像以上にどんな服装ともマッチ。「いつでもどこでも寿司と一緒にいられるアイテム」(鈴木さん)を多くの人に届けたいという、作り手の熱い「寿司愛」を見事に体現しています。
今のところ女性ユーザーが多いそうですが、Tシャツやサンダルなどは男性に人気。新型コロナウイルスが収束したら、外国人観光客にもぜひ手に取ってもらいたいとのこと。オンラインストアのほか、台東区浅草のMEGA STORE浅草店でも販売するそうです。
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富士吉田市は日本でも有数の織物産地です。高い技術力を有する一方、後継者不足の問題や安価な大量生産品・海外製品などに押され、近年、倒産する工場も少なくないといいます。
「でも、これからは大量生産・大量消費の流れも下火になって、信頼できる人からモノを買う時代へ変わっていくと信じています。その力になるためにも『メゾン寿司』ならではの表現を続けていきたい」(鈴木さん)
あらためて考えさせられる寿司の魅力
「ときどきツイッターなどのSNSで話題になるおかげか、一発屋的なインパクト勝負のブランドと誤解されがちですが、そんなことはありません。長く続けていくために、産地の方々とともに真剣に取り組んでいます。今後は小物や衣類の制作だけでなく、アーティストへの衣装提供や空間デザインなどさまざまなジャンルに挑戦し、活動していきます」
目指すは寿司文化の発信と、織物文化の継承・発展。そして「世界の全てを寿司にする」こと(!)と語る鈴木さん。
その熱意に圧倒されつつも、確かに寿司の魅力とは、味そのものだけでなく造形や色彩のコントラストなどあらゆる細部に宿っているのだと、あらためて感じさせられる商品群です。
その魅力にかくも心を動かされるのは日本人だから……ではなく、「世界中の誰しも」が魅了されうるパワーがある。そう捉え直される時代が、いよいよやってくるかもしれません。