ケータイがない時代の「待ち合わせ」 東京人は指定場所でいちいちセンスを競っていた

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ケータイがない時代の「待ち合わせ」 東京人は指定場所でいちいちセンスを競っていた

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星野正子

20世紀研究家

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スマホの登場でとても楽になった待ち合わせの約束。しかし昭和時代はそう簡単ではありませんでした。当時の東京の記憶とともに、20世紀研究家の星野正子さんが解説します。

不安と常に隣り合わせだった待ち合わせ

 携帯電話が普及して、もっとも変わったのは待ち合わせ方法かもしれません。最近の待ち合わせは「〇〇時に、どこそこのあたりにいてよ」と、正確な待ち合わせ場所を決めない印象があります。

 東京の場合、駅の改札を出た頃にコミュニケーションアプリで「着いたよ」と送り、相手の返信を待つのが当たり前になりつつあります。

 しかし、携帯電話がまだ普及していない時代の待ち合わせは結構ドキドキするものでした。

 なにしろ、いったん外出すると連絡を取り合う方法がないため、どんなに親しい人と待ち合わせるときでも「本当に会えるだろうか」と一抹の不安があったからです。

 そんなこともあってか、東京人は特に待ち合わせ場所を決める段階で、「この人は東京に慣れていない」や「さすがは都会人」などと思われたものです。

 まず予定を決めるとき、手帳を取り出して「どこで待ち合わせようか」と言ったとしましょう。こういうときに決して口にしてはならない三大スポットが、

1.新宿アルタ前
2.渋谷ハチ公前
3.上野パンダ前

でした。

新宿アルタ(画像:(C)Google)



 なぜなら、この三大スポットには待ち合わせをする人で常にあふれていたからです。そのため、例え同じ場所に来ていたとしても、無事に会うまではとても時間がかかってしまいます。そうした体験を経て、特に上京したばかりの人たちは「恥ずかしい待ち合わせ場所」があると学んだのです。

現在よりもずっと気が長かった東京人

 待ち合わせにおいて欠かせないのは、相手を「待つ」ことです。

現代人の待ち合わせイメージ(画像:写真AC)



 現在と異なり、たばこのポイ捨てが注意されなかった時代には、映画やドラマなどの演出で、待つ人の足元に溜まった吸い殻を描くのは定番でした。

 前述のように家を出た相手にはもう連絡が取れないため、その場でじっと動かずに待つしかなかったのです。そのためか、携帯電話が普及していない1990年代まで、東京人は現在よりもずっと気が長かったのです。

 待ち合わせが単なる友人でも、30~40分は平気で待ちます。相手が恋人ならそれ以上も珍しくありません。特にデートで待つ男性の場合は「すっぽかされたんじゃないか」という不安の中、いつまでも待ち続ける人が多くいました。

今はなきスポットも定番だった

 ではそんな時代の洗練された待ち合わせスポットといえば、いったいどこだったのでしょうか。

 新宿の場合、よく利用されていたのはコニカミノルタプラザ(2017年閉館)です。アルタから近く、少しおしゃれな雰囲気ということもあり、待ち合わせに使われることが多かったのです。

 同じ新宿でも、紀伊國屋書店新宿本店(新宿区新宿)は現在も人気待ち合わせスポットですが、ツウは人通りの多い1階の入り口付近を使いません。事前に「何階の〇〇の棚」などと決め、ここで棚を選ぶセンスを競ったのです。

紀伊國屋書店新宿本店(画像:(C)Google)

 またアルタの地下にあった飲食店も定番でしたが、こちらはいつも混雑しているため、待ち合わせ場所としての人気はイマイチだったようです。

本当の都会人はどこで待ち合わせたのか

 池袋の場合は、池袋駅地下の立ち食い食堂街「すなっくらんど」(1997年閉鎖)も待ち合わせ場所に使われていました。

 すなっくらんどはラーメンやカツ丼まで、あらゆる食のカウンター店舗が並び、エッセイスト・東海林さだおをして「宝の山、食の楽園」といわれた伝説のエリアです。アルコールを出している店も多く、飲み会の前に先に一杯飲んでいく人も多かったとか。そういえば、飲み会の前に先に一杯飲むという行動も最近は見かけませんね。

 そのほかに、渋谷なら今はなきレコード店「CDぴあ」や東急文化会館5階(バラエティーショップや三省堂書店が入っていました)、六本木なら青山ブックセンター六本木店(2018年閉店)、上野ならABABの7階(女性向けの雑貨屋が入るフロアで男性同士の待ち合わせには不向き)あたりが、いわゆる「分かってる東京人」の待ち合わせ場所でした。

 でも、本当に洗練されている人たちはそんな場所では待ち合わせません。どこかの喫茶店をしっかり選んでいました。

静かな喫茶店のイメージ(画像:写真AC)



『Hanako』1992年6月11日号では、都内と横浜の「駅近くのすぐわかる待ち合わせ場所」を特集していますが、そのほとんどは喫茶店と書店です。その数151軒。さすが情報を網羅することに情熱を注ぐ、『Hanako』の編集方針が思いきり生かされています。

 相手と待ち合わせる店だけでこれだけの数があるのですから、相手の好みを考え、適切な店をセレクトできるのが東京人の持つべきスキルだったのです。

「駅についたけど、どの辺りにいるの?」とスマートフォンで連絡を取ればいい現代は、確かに楽だし便利。でも当時のドキドキ感と比べて、ちょっと物足りない気がしませんか?

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