菅首相が創設「ふるさと納税」 和牛もイクラもない東京23区が全国からの寄付集めに成功した意外な秘策(後編)

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菅首相が創設「ふるさと納税」 和牛もイクラもない東京23区が全国からの寄付集めに成功した意外な秘策(後編)

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小川裕夫

フリーランスライター

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2020年9月16日に第99代首相に選出された菅義偉氏。同氏が創設した「ふるさと納税」は、東京の自治体にとっては貴重な財源を流出させてしまうという側面も持っていました。豪華な返礼品が用意できない中で、全国からの寄付を集めるのに成功した23区の秘策とは? フリーランスライターの小川裕夫さんが解説します。

ふるさと納税に苦慮してきた東京

 2020年9月16日(水)、国会で首相指名選挙が行われ、新たに菅義偉首相が誕生しました。菅首相は、2012年12月発足の第2次安倍政権以降、長らく官房長官を務めていたこともあって、官房長官としてのイメージが強くあります。

 しかしその来歴を振り返ると、2006(平成18)年に発足した第1次安倍政権では総務大臣として初入閣。総務大臣在任時に「ふるさと納税」制度を創設しています。そのため永田町界わいでは、ふるさと納税の「生みの親」とも呼ばれてきました。

 ふるさと納税がスタートしてから10年以上が経過し、紆余(うよ)曲折ありながらもその規模は5000億円を突破。同制度の認知度も、当初とは比べ物にならないほど向上しています。

 ふるさと納税は納税という名称になっていますが、納税者が自分の選んだ自治体に「寄付」をする制度です。

和牛やイクラ、巨峰……ふるさと納税の返礼品に、魅力的な地元特産品を用意できる地方。それに対して東京は?(画像:写真AC)



 本来、税金は自分の居住している自治体に納めます。つまり、ふるさと納税は、住んでいる自治体から他の自治体へ、税金が流出するという仕組みでもあるのです。

 ふるさと納税の仕組みは、有識者の間でも長らく議論が続けられてきました。

 流出する側の自治体からはいまだに根強い反対があり、見直しを求める声は絶えません。これは、「税は応益負担が原則」という観点に立っているからです。

 そうした経緯もあり、総務省はふるさと納税の制度設計に苦慮してきました。何度も制度設計を練り直して、2019年度からは届け出制を導入しています。

 届け出制へと移行しても、ほぼ全ての自治体がふるさと納税の対象団体になるべく届け出をしています。

 しかし東京都だけは、対象団体として届け出をしませんでした。

杉並区では25億円近い財源が流出

 47都道府県のうち、東京都は唯一の不交付団体です。

 不交付団体とは、税収が潤沢にあるために国から地方交付税を受け取っていない自治体のことをいいます。つまり、東京都は国に頼ることなく、自主財源だけで行政運営が可能な自治体なのです。

 財政が潤沢な東京都は、ふるさと納税制度によって多額の財源が流出する立場です。そのため制度発足前から、ふるさと納税には一貫して反対してきました。

 ふるさと納税に反対してきたのは、東京都だけではありません。23区や都内の市町村の多くは、今でも反対・消極的な姿勢を崩していません。

ふるさと納税に対して、危機感を表す杉並区の告知(画像:杉並区)



 特に、杉並区は制度に強硬な態度を取ってきました。同区は、2019年度に約24億7000万円もの財源が流出したとしています。

 区民にも危機感を共有してもらえるようにと、「ふるさと納税が住民税を流出させている」と訴えるポスターも作成しています。

 ふるさと納税をした人は、税額控除の恩恵を受けられ、しかも海産物や和牛といった豪華な返礼品を受け取ることができます。しかし、その分だけ自分が居住する自治体の財源が減ることになります。

豪華品に対抗する23区の返礼とは

 税収が減るとどうなるのか。道路や公園など公共空間や施設の維持・管理、そして新たな整備は滞ることになるでしょう。

 極端に言えば、街灯の電球が交換されなくなり、廃棄物の収集回数は減るといった事態も起こるかもしれません。元手となる財源が減るわけですから、行政サービスは現状維持が難しくなるのです。

 行政サービスの低下は目に見えるものだけではありません。知らず知らずのうちに、私たちの生活に影響を及ぼし、日常生活を不便にしていくこともあるのです。

 杉並区も、住民税が流出することで住民サービスを維持できなくなると繰り返し呼びかけてきました。

 しかしそうした呼びかけは、豪華な返礼品の前では無力でした。23区からは毎年のようにふるさと納税によって税金が流出していったのです。

 23区には海産物や和牛といった目を引くような特産品がありません。全国からのふるさと納税を集められる資源はなく、税の流出を食い止める手段を講じることができなかったのです。

 こうした逆風の中で、23区の一部からは税の流出を食い止めようとする自治体も出てきました。

 豪華な特産品を用意して対抗するのではなく、使途を明確にした「テーマ型」に特化することで活路を見いだそうとしました。

 例えば文京区は、満足にごはんを食べることができない困窮家庭を支援する「子ども宅食プロジェクト」を立ち上げ、その原資を集めるためにふるさと納税を活用しています。

歴史ある電車の再整備を呼び掛け

 世田谷区は、ふるさと納税にいくつかのメニュー(選択肢)を用意。その事業のために寄付を集めるという体裁を取りました。

 世田谷区が用意したメニューで、特に注目を浴びたのは「旧玉川電気鉄道」の車両を再塗装するための費用を集めるというものでした。

1907(明治40)年に開業した玉川電気鉄道。当時の運賃は1区間3銭だった(画像:世田谷区)



 東急世田谷線の宮の坂駅前(世田谷区宮の坂)に保存・展示されていた旧玉電の車両は、塗装がはげ、サビが目立つ状態でした。

 地元住民から再塗装を求める声は上がっていたものの、その費用を捻出する財源的な余裕はありませんでした。そうしたことから、ふるさと納税のメニューのひとつに玉電の再塗装費用を加えたのです。

 旧玉電の車両を再塗装する費用は、約660万円。この提案は、同区内や東京都内のみならず全国の鉄道ファンなどから大きな話題を呼びました。しかし、玉電車両の再塗装は毎年行うようなものではありません。

 玉電の再塗装を完了させた世田谷区は、新たなテーマを模索します。

 そして2019年度からは、世田谷公園内(同区池尻)に保存・展示されていたSLのD51を再塗装・修繕する費用を集め始めたのです。

 世田谷公園内に保存・展示されたSLの再塗装・修繕費用の目標金額は1800万円、募集期間は2021年3月末に設定されています。

知恵と工夫を競い合う都内自治体

 菅首相の肝いりで始まったふるさと納税ですが、自治体によって制度への受け止めはさまざまです。

 豪華な返礼品が用意できずに税の流出を受け入れるしかなかった自治体も、それを防ぐために知恵を絞り創意工夫を凝らして対抗するようになってきています。

 制度発足から10年以上が経過し、ふるさと納税は私たちの生活にもなじみ、当たり前の存在になりつつあります。

 生みの親でもある菅義偉首相が誕生したことを機に、その制度の意義と役割をあらためて考えてみるのもいいかもしれません。

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