まるで異世界、五反田の「巨大ビル」地下街に迷い込んでしまった日の話【連載】散歩下手の東京散歩(4)

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まるで異世界、五反田の「巨大ビル」地下街に迷い込んでしまった日の話【連載】散歩下手の東京散歩(4)

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友田とん

代わりに読む人 代表

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散歩とは、目的を持たずに歩くことも、寄り道しながら目的地を目指すことも、迷子になってしまうことも、迷子になりたくなくて右往左往することも、すべて包み込む懐深い言葉。出版レーベル「代わりに読む人」代表で編集者の友田とんさんが、この夏に迷い込んだビルの地下街の記憶をたどります。

昼には温かい豆乳スープを食べた

 ビールかあるいは冷たいものの飲みすぎか、夏バテ気味で胃が心なしか疲れているなと思ったときにもってこいなのが温かい豆乳というものなのかもしれません。

 子どものころと言えば決まって夏バテして食欲をなくしたものでしたが、あれは暑い暑いとひっきりなしに水ばかり飲んでいたからでしょうか。そういえば、胃液が薄くなるよと母によく注意されたものです。

 あの頃、温かい豆乳を飲んでいたら、夏じゅうケロッとして過ごしたかもしれません。なぜかはわからないですが、いつごろからか、ひどい夏バテもしなくなりました。

 マレーシアでしばらく暮らしていた頃も、豆乳や豆花を売る店によく行ったものです。それは搾りたての豆乳に甘いシロップを混ぜたり、固めたりした素朴なもので、しかしときどき無性にそれが食べたくなります。

大きくて、昭和の趣をたたえるビル。その地下で出合ったのは(画像:友田とん)



 何を唐突に豆乳のことを書いているのでしょうか? いえ、今私(友田とん。代わりに読む人 代表)はちょうど五反田に用があり、「東京豆漿(トウジャン)生活」(品川区西五反田)に来ているのです。

 店はまるで昔からずっとそこにあったかのような懐かしさを感じさせます。ここで私が食べたのは豆乳スープ。豆乳に酢を入れ、上から薬味のネギと小さく切った揚げパンが散らしてあります。

 ひと口飲むと、ほどよい酸味と豆乳の香りが広がります。湯葉やおぼろ豆腐のような食感が心地よく、食が進みます。一緒に買い求めた大根のパンも生地がパイのようにサクサクと音を立て、香ばしくとてもおいしい。

昭和に舞い戻ったかのようなビル

 なんだか満足して、そのまま帰ってしまいそうになりますが、肝心の用というのは豆乳スープではありません。大根のパンでもありません。これは腹ごしらえというものです。

 そこから歩いて10分ほどのところにあるTOCビル(同区西五反田)に私は向かったのでした。駅からは無料の連絡バスも出ているようです。

腹ごしらえに食べた豆乳スープは、湯葉やおぼろ豆腐のような優しい触感だった(画像:友田とん)



 まずはその外観の昭和の趣に圧倒されます。なかに入ると、1階にはユニクロが入っているのですが、ビル全体のたたずまいによって、まるで昭和の時代にもユニクロがあったかのような錯覚に襲われます。

 上の階はショールームやオフィスが多数入っています。用を済ませた私がエスカレーターで地下に降りていきますと、昼時を過ぎたフロアは人もまばらで、細い通路を歩いていくと、喫茶店、中華料理店、洋食店などが並んでいます。

 さらに少し歩いていくと、店先にスーツケースなどを並べた雑貨店がありました。

 ちょうど前を通り過ぎると、奥では店主とおぼしき男性が、そこに来た常連のお客さんなのか、それとも近くの店の店主か、あるいは業者の人なのか、それはわかりませんが、レジの前から離れてガラスのショーケースの上にカップを並べてコーヒーを飲みながら、おしゃべりに興じていました。

 この店の中で飲み物をふつうに飲んでいるのがとてもいい。向かい側は食器の卸店のようです。

 さらに先へ行くと、そこに「リプトン」と書かれた喫茶店がありました。

「あのリプトン」とは様子が違う

 一瞬、「あのリプトンか?」と思ったのですが、どうも様子が違います。もちろん、店の名前は自由ですし、むしろこちらのリプトンの方が年季が入っています。

「あのリプトン?」と私が思うリプトンはそもそも何なのか? あまり深く考えたことはありませんでしたが、これを機会にまた調べてみようなどと考えながら通りすぎます。

 あの雑貨店の店主のコーヒーもこのリプトンから出前してもらったのかもしれないなどと想像していると、通路の脇に明かりがついています。のぞいてみるとそこはオフィスのかたわらにあるような給湯室でした。

 ふつうの客が出入るする通路に、客が使っても平気そうな給湯室があったことに驚き、そして店と客というのが、こんなにもフラットであることに私は少なからず感動を覚えたのです。

皆がよく知っている「リプトン」とは、雰囲気もフォントも違う気がする(画像:友田とん)



 現代では店は店、店員は店員然として、客は客、裏側など客にはのぞかせません。ところが、かつて個人店や家族経営の店が並んだ市場や商店街では、もっとフラットなものでした。

 いつもの客や隣の店主が「ちょっと代わりに店番してて」と店主に頼まれて、店主はその間に昼ごはんを買いに行ったり、用事を済ませたりしたものです。

 なんだかいいものを見させてもらったなとほくほくした気持ちでエスカレーターを登り、ビルの1階に入っていたコーヒーチェーンでコーヒーを飲みながら、見物したことをそうやって思い出します。

16時、今日はもう「営業終了」の札

 隣で年配の夫婦が保険会社の営業マンから外貨保険の勧誘を受けているのを聴きながら、TOCビルについて調べてみました。

 正式名称は東京卸売センターというそうです。ひと休みすると、私はおもむろにもう一度地下へと向かいました。

日暮れよりも先に、どの店も今日の営業を終了していた。リプトンも(画像:友田とん)



 さっき通った通路を同じように歩いていくと、食器店は16時にはもう閉まっています。喫茶店・リプトンも営業終了の札が出ています。

 やはり卸売市場は朝も早く、代わりに店じまいも早いのかもしれません。
 
 こうして、梅雨どきでもあるいは炎天下であろうと、ビルのなかは気にせず散歩できます。むしろ、こういう場所はそんなときにこそもってこいの場所なのかもしれません。

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