渋谷区と港区の境にある「飛び地」ような場所はいったい何なのか【連載】東京うしろ髪ひかれ地帯(6)

多くの人たちが行き交う恵比寿。そんな恵比寿の三丁目交差点付近にはなぜか、お隣・港区の飛び地のような場所があります。いったいなぜでしょうか。都内探検家の業平橋渉さんが解説します。

都内に残る江戸時代以前の古い境界

 江戸時代以前の古い境界が、そのまま現在まで受け継がれている――そうした地域をあちこちで見ることができます。

 練馬区の西大泉町は、四方のすべてを埼玉県新座市に囲まれた「飛び地」として有名です。

 この飛び地が生まれた理由は、いまだ明らかではありません。しかし江戸時代の新田開発で現在の練馬区側の飛び地として所有地となっていたものが、そのまま受け継がれたものだとされています。

 また東村山市の秋津駅も、ホームが西から東村山市と所沢市、清瀬市にまたがる奇妙な駅です。これも田畑や山林が広がるところに鉄道を引いていった結果、生まれたものです。

渋谷区と港区の境界

 西大泉町のような事例は珍しいですが、開発が進んだ結果、道路や鉄道で分断されたり、再開発が行われたりして、地域の一部が飛び地のようになっている事例は東京でもしばしば見られます。

 そうした土地は飛び地の中でも、ありがちなものとして見過ごされがちです。ただ、過去の地図を見ながらその形成過程を追うと、地域の歴史を見て取ることができるのです。

 そんな飛び地のひとつが渋谷区の恵比寿、あるいは港区の白金にあります。

 まず、少し寄り道を。恵比寿という地名を全国に知らしめたのは、恵比寿ガーデンプレイスですが、この施設もふたつの区にまたがっています。

 施設の名前が恵比寿ガーデンプレイスのため、恵比寿にある施設と思われていますが、実際は渋谷区恵比寿4丁目と目黒区三田1丁目をまたいだ状態で、建物が建っているのです。

 恵比寿ガーデンプレイスのメインタワーの南半分や、東京都写真美術館・ウェスティンホテル東京は目黒区側。敷地内にはタワーマンションの恵比寿ガーデンテラスがありますが、恵比寿ガーデンテラス壱番館は目黒区、弐番館は渋谷区に建っています。

恵比寿三丁目交差点付近にある「飛び地」

 そんな恵比寿ガーデンプレイスから西方向へしばらく歩くと、「恵比寿三丁目交差点」という、外苑(がいえん)西通りと交わる交差点に到着します。

 この交差点周辺を地図で見ると、少しおかしなところがあるのに気づきます。外苑西通りを挟んで、渋谷区と港区が少しだけ入り組んでいるのです。

 まずは外苑通りの西側、港区の飛び地となっているところを見てみましょう。

 ここには、「港区白金6丁目23番地」の住所が割り振られています。

港区の飛び地「白金6丁目23番地」(提供:(C)Google)

 目の前の外苑西通りと首都高は港区。向かいにある首都高速の下の店舗群には、「港区白金6丁目22番地」が割り振られています。

道路標識より手前にある境界

 さらによく見ると、外苑西通りに沿って歩道の部分が少しだけ港区になっています。これに沿って50mほど南に進めば、横断歩道を渡り渋谷区に入ることなく港区に帰ることができそうです。

港区、恵比寿駅付近(提供:(C)Google)

 この恵比寿三丁目交差点から東へ延びる通りは、「白金北里通り商店会」となっています。この通りにある「ローソンストア100 白金五丁目店」を越えたところには、港区の道路標識がありますが、実際にはもう10mくらい手前が境界です。

 同店の入居している建物は渋谷区と港区の境界線上にありますが、建物の住所は「港区白金5丁目」となっています。

かつては都市に近接した農村地帯

 この外苑西通りによる飛び地のような境界は、どうして生まれたのでしょうか。後から道路を敷いた結果が、このようになったのでしょうか。

 この謎を解くには、江戸時代から振り返らなければなりません。

 江戸時代のこの地域は下渋谷村、三田村と呼ばれた農村です。恵比寿という地名ができるのは、明治時代になって日本麦酒醸造会社(現・サッポロビール)が工場を建設してからです。

 この時代の恵比寿付近で目立つ建物といえば、現在の恵比寿3丁目にあった宇和島藩伊達家の下屋敷(別邸)くらいです。付近には、現在も伊達坂という地名が残っています。

明治初期の恵比寿三丁目交差点周辺の様子(画像:国土地理院)



 少し北に進んだ、渋谷川より北の広尾には多くの武家屋敷がありましたが、恵比寿はまだ武蔵野の風景が残る都市に近接した農村地帯だったわけです。

8年間で激変した風景

 この状況は、明治時代になってもしばらく変わりませんでした。

 1909(明治42)年発行の地図を見ると、外苑西通りの走っている部分は田畑や山林が広がっている地域として表示されています。しかし、1917(大正6)年発行の地図になるとガラリとかわります。

上は1909(明治42)年発行の地図。下は上は1917(大正6)年発行の地図。指のカーソルの場所が現在の恵比寿三丁目交差点(画像:時系列地形図閲覧ソフト「今昔マップ3」〔(C)谷 謙二〕)

 田畑がまったくなくなり、路面電車が開通して市街地化が進んでいます。路面電車が通っているのが、現在の外苑西通りの原型となった道路です。

大戦中に廃止された「恵比寿線」

 この路面電車は、「恵比寿線」と呼ばれる路線です。恵比寿線は、現在の恵比寿三丁目交差点の北にあった天現寺橋駅から分岐して、恵比寿長者丸駅まで走っていました。

1931(昭和6)年発行の地図。赤い矢印が天現寺橋駅。青い矢印が恵比寿長者丸駅(画像:時系列地形図閲覧ソフト「今昔マップ3」〔(C)谷 謙二〕)

 1922(大正11)年に恵比寿長者丸まで開通後に、目黒方面に延伸する予定もありましたが、太平洋戦争中の1944(昭和19)年に不要不急の路線として廃止されています。

 長者丸は、恵比寿ガーデンプレイスの南側と目黒駅に挟まれた地域の旧名で、現在の品川区上大崎2丁目です。地名は無くなったものの縁起がよさそうに見られるのか、現在でもマンション名に数多く採用されています。

 恵比寿ガーデンプレイスを訪れたことのある人は、JR恵比寿駅から少し離れていることに気づくと思いますが、路面電車が存続していれば少し便利だったかもしれません。

契機となった東京オリンピック開催

 このように、過去の地図をみることで土地の分断による飛び地化は、路面電車とともにあったということがわかります。この道路にさらなる転機が訪れたのは、1923(大正12)年に発生した関東大震災後のことでした。

 震災復興として当時、環状4号線としての整備が計画されました。計画は戦争の激化で中止となりますが、戦後に東京オリンピック(1964年)開催が決定すると、急ピッチで工事が行われます。

 関東大震災後に計画された1号から8号までの環状道路のうち、1号から6号までは既存の道路を利用して、必要な部分だけ道路を新設する形で進められました。この地域では、恵比寿線の走っていた道路を利用しつつ、南は目黒通りと接続するために道路の新設が行われたのです。

 こうして道路は拡幅され、南は目黒、北は広尾方面へと抜ける巨大な外苑西通りが誕生します。さらに首都高速2号線も完成したことで、道路に分断された飛び地は現在の姿になったというわけです。

1967(昭和42)年発行の地図。路面電車の軌道がなくなり、道路が拡幅されている(画像:時系列地形図閲覧ソフト「今昔マップ3」〔(C)谷 謙二〕)



 この地図の変化からも、戦後復興を急いだ日本の「歴史遺産」と見ることができるでしょう。

ワクワクさせる境界

 今ではマンションや商業ビルばかりですが、もともとは個人商店が多かった地域のため、「道路が広くなったけど、道路の向かい側に行きにくくなった」と驚いた人も多かったのではないでしょうか。

 今でもこの辺りで外苑西通りを横断しようとすると。「なんで信号はあんなに遠いのか」と思います。

恵比寿三丁目交差点周辺の様子(画像:国土地理院)

 しかし、こうした境界はなぜか人をワクワクさせるものです。新型コロナウイルスの影響で東京の封鎖が検討されたときには、冒頭で述べた秋津駅はどうなってしまうのかが話題になりました。

変わった境界を訪ねてみよう

 それは冗談としても、変わった境界を訪ねて歩くことを趣味にしている人は、現在珍しくなくなっています。この飛び地は一見凡庸に見えますが、そこに至るまでの町の歴史を振り返る機会を与えてくれます。

恵比寿三丁目交差点周辺の様子(画像:(C)Google)

 コロナ禍とはいえ家にこもっていては、気も暗くなるばかりです。ソーシャルディスタンスに気を使いつつ、皆さんも地図の「気になる場所」を見つけて歩いてみませんか?

【画像】現在の「恵比寿三丁目交差点」周辺の様子

画像ギャラリー

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