時代劇と大河ドラマのいいとこ取り? 『半沢直樹』が視聴率No.1ドラマになったワケ

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時代劇と大河ドラマのいいとこ取り? 『半沢直樹』が視聴率No.1ドラマになったワケ

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太田省一

社会学者、著述家

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待ちに待ったドラマシリーズ『半沢直樹』が7月19日から放送開始します。今回は放送を記念して、その人気の理由に迫ります。解説は、社会学者の太田省一さんです。

前シリーズは最高視聴率42.2%を記録

 新型コロナウイルスの影響で放送開始が遅れていた『半沢直樹』(TBSテレビ系)の新シリーズ。ようやく初回の放送が2020年7月19日(日)に決定し、期待も高まっています。

7月放送『半沢直樹』のメインビジュアル(画像:TBSテレビ)



 東京中央銀行というメガバンクを舞台に展開された前作は、2013年の放送で最高視聴率42.2%(ビデオリサーチ調べ。関東地区。以下も同じ)を記録。これは、平成に放送された全ドラマのなかでのトップでした。堺雅人演じる主人公・半沢直樹のセリフ「倍返しだ!」が、流行語になりました。

 なぜ、ここまで『半沢直樹』はブームになったのでしょうか? 新シリーズ開始前に、振り返りの意味も込めてちょっと考えてみたいと思います。

「勧善懲悪」というキーワード

 この作品は、ジャンルとしては企業を舞台にした経済ドラマです。元々経済ドラマは難しい数字や用語が出てくることも多く、視聴率がとれないものという常識がありました。そのジンクスを『半沢直樹』は覆したわけです。

 理由としては、まず勧善懲悪のストーリー展開に徹したということがあるでしょう。悪人はちゃんと悪人で、ずる賢い謀略を張り巡らせ半沢を窮地に陥れる。

しかし最後の最後で半沢が逆転し、悪人を徹底的に懲らしめる。それは世代や性別を問わず楽しめるものです。前作ではラスボス的悪人を大和田常務役の香川照之が巧みに演じ、インパクトのある顔芸も大きな話題になりました。

 そこに、『水戸黄門』のような痛快時代劇を連想したひともいるはずです。

徳川家の家紋「三つ葉葵」(画像:写真AC)

 決めぜりふ「倍返しだ!」は、「この紋所が目に入らぬか!」のようなもの。そこには「待ってました!」と言いたくなるようなカタルシス(心の浄化作用)がありました。『水戸黄門』の最高視聴率は43.7%。『半沢直樹』と同じくらいなのも、面白いところです。

逆転劇を呼ぶ「出世への執念」

 ただ、『半沢直樹』はあくまで現代劇。そして企業の世界を描いたもの。そこには多くのサラリーマンが身につまされるような現実も描かれていました。

 半沢直樹は、例えば映画『釣りバカ日誌』のハマちゃんのように、出世など気にしない自由人なわけではありません。

 むしろ逆で、サラリーマンとして出世したいという野望を抱いています。そこには彼の父親のことなど理由があるのですが、いずれにせよその出世への執念が逆転劇を呼ぶわけです。

今回のドラマの原作となる2012年発表『ロスジェネの逆襲』と2014年発表『銀翼のイカロス』(画像:ダイヤモンド社)



 むろんメガバンクの出世競争は熾烈(しれつ)で、派閥争いも絡んで一筋縄ではいきません。今日は「勝ち組」だったはずが、なにかのきっかけで明日には「負け組」になりかねない。そこを半沢直樹が自らの知恵や人脈を駆使し、決してくじけぬ精神力で生き抜いていくところにこの作品の見どころはありました。

 世のサラリーマンのなかには、その姿に自分の現実と理想を重ね合わせたひとも少なくなかったのではないでしょうか。

かつての「NHK大河ドラマ」を想起

 同じように、苦境を乗り越え、最後には成功する人物を主人公にしたのが、かつてのNHK大河ドラマだったのではないかと思います。

 実在した歴史上の人物を主人公に据え、その生きざまに人生のヒントを得るという教訓ドラマ的側面が大河ドラマにはありました。

前回のドラマの原作となった2004年発表『オレたちバブル入行組』と2008年発表『オレたち花のバブル組』(画像:文藝春秋)

 大河ドラマは、1963(昭和38)年に始まっています。つまり、高度経済成長の最中に誕生したことになります。

 驚異的な経済成長が続くなか、その当時のサラリーマンも出世競争にいや応なしに巻き込まれました。

 そのなかで戦国時代の武将や幕末の志士の立身出世、人心掌握術を史実に基づいて描く大河ドラマは、サラリーマンにとっての教科書のようなものでした。原作にも、山岡荘八、吉川英治、司馬遼太郎などサラリーマンに人気の作家たちの作品が多く選ばれていました。

サラリーマン視聴者の「受け皿」に

 しかし、戦国時代の武将や幕末志士の話の繰り返しばかりでは、どうしてもマンネリになってしまいます。そこで1980年代の中盤くらいから、近代を舞台にした作品や女性を主人公にした作品が試みられていくようになります。

 特に2008(平成20)年放送の宮﨑あおい主演『篤姫』が高い視聴率を記録してからは、女性が主人公のものが目立つようになりました。『半沢直樹』が放送された2013年の大河ドラマも綾瀬はるか主演の『八重の桜』でした。

『八重の桜』の綾瀬はるか(画像:NHK)



 大河ドラマの幅が広がることはもちろん悪いことではありません。歴史をちゃんと題材にするのであれば、主人公の性別が偏らないことも大切でしょう。ただ、かつてサラリーマン視聴者の受け皿になっていたような大河ドラマは空白状態になっていました。

 そこに登場したのが、『半沢直樹』だったのではないかと思います。

時代劇 + 大河ドラマ = 『半沢直樹』

 日本社会の状況も、その頃大きく変わっていました。高度経済成長の時代はすでに過ぎ、一億総中流の時代から格差の拡大が感じられる時代になろうとしていました。

 池井戸潤の原作第1作が刊行されたのは、2004(平成16)年。まさに「勝ち組」や「負け組」という表現がメディアをにぎわせていた頃です。そしてその状況は、2010年代にはますますシビアなものになっていました。

 そうしたなか『半沢直樹』という作品は、競争がいっそう激しくなった日本社会を生きるサラリーマンにとって、大河ドラマに代わる一種の教科書的役割を果たしてくれるものだったように思えます。

前回の『半沢直樹』のメインビジュアル(画像:TBSテレビ)

 要するに、時代劇と大河ドラマ双方のエッセンスを絶妙に取り入れた現代劇が『半沢直樹』でした。そこに堺雅人や香川照之といった実力派俳優たちによる見ごたえ十分の演技合戦が加味され、あれほどの人気につながったのではないでしょうか。

 コロナ禍によって企業全般の将来も不透明さを増し、さらに生存競争が激しくなりそうな現在、『半沢直樹』新シリーズ放送開始は、その点絶好のタイミングと言えるのかもしれません。

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