体験型サービスが充実
近年、家電を買う際に大型家電量販店へ出向いたり、インターネットで価格比較サイトや口コミを見て買ったりという購入方法が当たり前になりました。
そうした時代の流れをくみ、新しいサービスを次々と仕掛けている街の電器屋さんがあります。それが、1952(昭和27)年創業の「電化のケイオー」(渋谷区笹塚)です。
2019年12月に店内を大幅リニューアルした同店は、家電の販売はもちろんのこと、カフェコーナーを併設し、美容や健康をテーマにした体験型サービスを始めました。一体なぜこのような取り組みをしているのか、実際に取材しました。
各種イベントを実施
笹塚駅から徒歩5分ほどの場所にある「電化のケイオー」。お店に入ると、冷蔵庫や洗濯機などの家電が並んだフロアの隅に、6席ほどのカフェコーナーがあります。
提供されているドリンクは、健康スムージーやチョコレートドリンク、バナナジュースなど一般的なカフェとそん色ないラインアップ。メニューには、疲労回復や目の疲れ、デトックス、体質改善など、ドリンクごとに期待できる健康効果が書いてあります。
また店内奥には「セルフエステ・ケイオースマイルビューティー」という体験コーナー。老舗化粧品メーカーのナリス化粧品(大阪市)とのタイアップのもと、パナソニック(大阪府門真市)の美容家電シリーズ「パナソニックビューティ」や化粧品を有料で試すことができます。
また「ベーシッククリア肌コース」や「フェイスラインコース」など、4種類からコースも選べ、まるで本当のエステのような体験が可能です。
キーワードは家電の“体験”
体験へのこだわりは、「セルフエステ・ケイオースマイルビューティー」に限りません。「電化のケイオー」では展示されている家電をお店で実際に体験できるよう、調理家電を実際に使った料理教室も定期的に開催しています。
そのほかにも、専門家によるメイクやマッサージのレッスン、チョコレートマシンを使ったチョコレートドリンク飲み比べといった催しも(取材した5月時点は新型コロナウイルスの影響で、セルフエステとイベントは自粛中)。
このような取り組みをしている理由について、「電化のケイオー」を経営する京王電業社の専務取締役・福田順亮(じゅんすけ)さんに詳しいお話を伺いました。
――カフェ併設や美容家電の体験コーナーなどの試みはなぜ始まったのでしょうか。
5~6年ほど前から、世間全体に家電製品の購入や暮らしを楽しむ「ワクワク感」がなくなっていることや、「物には十分に満たされているので、家電は壊れたら買い替えるだけ」という価値観が当たり前になってきたように感じていました。でも本来、家電の価値は実際に使ってみた“体験”にあります。
地域のお客さまと一生涯お付き合いする街の電器屋としては、買い替えを勧めるのではなく良いものをご紹介し、長く使ってもらうことが本望です。長年、商品を展示するだけの量販店とは違うスタイルでやってきましたので、小さな街の電器屋だからこそできる企画や行動力を使って、インターネットや誰かの口コミではわからない“体験”をキーワードに、商品の価値を伝えるお店作りを展開しています。
地域のコミュニティーの場を作りたい
――価値を知った上で購入してもらいたいということですね。
基本的にそうなのですが、必ずしも販売を目的としていません。うちは年齢層の高いお客さまも多いため、そういった方々が外に出て人に会ったり、「いつまでもキレイでいたい」と思ってもらったり、うちに通ってもらったりするために美容家電の体験コーナーを設置しました。
既存のお客さまをメインターゲットとしたイベントも、近所のお好み焼き屋さんとコラボしてホットプレートの使い方を学ぶ企画にしました。そうして、地域コミュニティーの場として機能できたらと。気軽に来られる場所が近所にあって、お客さん同士も自然と仲良くなるのは街の電器屋ならではです。
――物を売るだけではない価値を提供しているということですね。カフェコーナーも同じでしょうか。
そうですね。家電を見に来たお客さんや工事のお支払いに来たお客さんがついでに休憩することも多いですが、宅配の配達員さんがコーヒーだけ飲みに来たり、不動産屋さんが打ち合わせに使ったりしてくれています。
もともとはカフェを目的としたのではなく、地域のお客さまがくつろげる場所を作ろうと思ったのです。その中で年齢層の高い方が多いということもあり、健康をテーマにしたラインアップにしようと今のスタイルになりました。
イチオシのチョコレートドリンクは、パナソニックで製品化できなかったチョコレートマシンを商品化しようとしている知り合いに協力してもらい、そのマシンを使って提供しています。こういう取り組みも、長年お店をやってきた中でできたつながりによるものですね。
街の電器屋の存在意義
――「電化のケイオー」はこちらと、キッチン、トイレ、バスルームのショールームの2店舗があるそうですね。そちらでは水回りのリフォームや増改築工事をされていると聞きました。
家電や水回りなどが故障したりわからないことがあったりしたときに、すぐに相談できることがうちの強みです。実はこの業界の悪いところでもあるんですが、価格の差が明確ではありません。単純に家電の値段のみを重視されると量販店やインターネットにかなわず、街の電器屋は沈んでいく一方ですから、うちは家電そのものの値段と付帯するサービスをトータルした価格で勝負しています。
地域密着だからできる、その価格に見合うだけの価値を打ち出し続けたいと思っています。ありがたいことに、「さっき新宿の量販店で見てきたんだけど、サービスがいいからこっちで買うわ」というお客さまも多いです。家電の相談では、コンセントにつなげれば直るようなものもありますが、街の電器屋の存在意義はそうやって気軽に相談してもらえることだと思います。
――「地域のために役に立つ」という根源を大事にしつつも、時代の変化に柔軟に対応しているということですね。
基本的には世の中の流れに乗ってきたのが電気業界です。うちの初代は電気や家電製品が普及し始めた時代だったので物をどんどん販売してきました。しかし2代目になると、1980年代から90年代頃の量販店増加で価格戦争が始まり、うちも安さを重視するようになったのです。そこからインターネットが普及して、量販店も変わってきた中で僕が3代目になりました。技術力があるのだから工事を強めようと、リフォーム事業を始めたのが10年ほど前です。リフォームや工事で経営がうまくいっているので、こちらの新しい取り組みができています。
現在は縮小営業中ですが、ツイッターやインスタグラムでお店の情報発信もしながら、新型コロナで不安な地域の方々の役に立ちたいという思いです。
直面する後継者不足
――ちなみに街の電器屋さんがつぶれてしまうケースは、どのような理由があるのでしょうか。
時代の変化やお客さまのニーズに対応しきれないこともありますが、一番は跡継ぎがいない後継者不足が理由だと思います。街の電器屋は、工事や家電販売など幅広い分野をこなさなくてはいけないので意外とハードルが高いのです。「エアコンを直してほしい」「冷蔵庫のこれがわからない」など、お客さまから求められることがとても多く、量販店ではそれぞれの分野で担当者がいますが、そうした分業は難しいです。
僕自身、新しいチャレンジが好きなので「3代目で違うものを作りたい」という気持ちがあります。そして次の代までお店が続くには、子どもが僕の背中を見て「電器屋さんをやりたい」と思ってもらえるくらいワクワクしながら仕事をしたい。新しく始めた取り組みは、そうした思いも絡んでいますね。
おそらく、街の電器屋の多くがお子さんに「電器屋は大変だぞ」と言います。でもそれは残念なことで、「すごく楽しいから俺と一緒にやろうぜ」というスタンスが後継者不足解消には必要なのかなと思っています。この仕事は人の暮らしやインフラに関わる、人の役に立つ仕事。その価値を次世代に伝えていきたいですね。
――今後、考えていらっしゃるサービス展開はありますか。
インターネットで家電が購入できるようにしたいことと、商品の価値を伝える体験動画も発信していきたいと考えています。リフォームや工事でお客さまのおうちに訪問している強みを生かし、メーカーや販売員にはリアルなお客さまのレビューを紹介できたらいいですね。
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他ではやっていない目新しいことをただやるのではなく、地域の人たちが本当に求めていることや、今の時代に必要なことを考え抜いてやり続ける――。当初は突拍子もないことを始めたように見えた「電化のケイオー」を取材してみると、そこには売り上げだけを追い求めていないからこそ地域から信頼される、街の電器屋さんの姿がありました。